(死に関する随想 1) 永久の微笑

物静かなカップルだった。
新宿歌舞伎町にあった「ジャズ・ヴィレッジ」というお店で知り合った。
当時、私はそのお店の常連で、日本酒の一升瓶を片手に、結構でかい顔をして飲みまくっていた。酒をかっくらった勢いで、お店の中を我が物顔で移動して、誰彼となく話し込んでいた。

モダン・ジャズと一升瓶。
変なお店だろう。
時代時代に、ちょっと危険の匂いのある、社会の常識に反抗的な変わった人間達が集まるお店があるものだ。ジャズヴィレ(そう私達は呼んでいた)は、1960年代後半のそれだった。ある意味で、時代の風潮の最先端を行っていた。
多分自分一人では行けなかったのだと思うが、同じ大学のクラスメートの香山君という東京杉並区出身の、流行に敏感な友人に面白い店があると連れて行かれた。新宿などほとんど知らなかった田舎者の私は、ミイラ採りがミイラになった状況で、そのまま、そのお店に入り浸った。

もう昔のことなので記憶は定かではなく漢字もわからないが、確かトガリさんという名だった。
話しているうちに京王線の幡ヶ谷の同じ公団住宅に住んでいることがわかり、仲良くなった。旦那は歳よりも落ち着いた人で、奥さんは美人ではないが、感じの良い愛くるしい人だった。どちらかが、大学院生だったと記憶している。
私は2階に住んでいたが、5階のトガリさんの部屋によく遊びにいくようになった。
そのうち、暗い顔で、新宿クリスマスツリー爆弾事件で公安に事情聴収を受けたと話された。ああ、どこかのセクトの人なんだと思い、彼らから距離を取るようになった。

しばらくたったある日のお昼頃、公団の入り口から通りに通じる道で、奥さんと出くわし、挨拶を交わした。
いつも通り、いや、いつも以上に、にこやかな笑顔だった。
ところが、翌日、同じ道で旦那の方に出会った。
「うちのが昨日自殺した」とやはり落ち着いた口調で聞かされた。
驚愕した。
死んだ時間を聞くと、私と出会ってから、そんなに時をおかずに自殺したらしい。
死にゆく人は、重苦しい深刻な顔をしているものだという先入観が見事に打ち砕かれた。

彼女にどんな事情があったかわからない。
爆弾事件に関わりがあったのかとか、いろいろ推測はしたものの、時とともにすっかり忘れてしまった。
だが、時間の経過を超越して忘れないものがある。
彼女のあの日のあの笑顔。
にこやかで平安に満ちた笑顔。
永久(とわ)の微笑み。
今でも、時々、思い出す。

時には、死は解放であり平安なのだ。
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by tsado4 | 2005-10-27 18:48 | 死に関する随想