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日頃それとなく感じている思いをそこはかとなく書きつくる雑記帳というか、駄文集というか、落書き帳というか・・・


by tsado4
(出版社) 現代書館 2000円+税 
(お薦め度)*****
・・・・・・・・・・・・・・・・・
こちらを読んでください。

  
# by tsado4 | 2008-05-31 07:22 | フィリピン関係の本の書評
(出版社) 情報センター出版局 1600円+税 
(お薦め度)****
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・
芸能人ビザで来日し、2005年の法務省の方針転換で再来日がほとんど不可能になったホステスたちを追跡しその後どんな暮らしをしているのかを気軽な読み物にしている。
いかにもその軽い感じとはうらはらに、フィールドワークとして元タレント達の聞き取り調査をきっちりとこなした本である。フィリピノ語が堪能でないとなかなかできないよな。
とにかく、楽しく一気に読める。が、ありがたいことに、知らず知らずのうちにフィリピンの社会・文化に関する常識が身についてしまう。
ついついホステスと言ってしまったが、筆者の語るところによると、フィリピン的ニュアンスではGROと言わなければならないらしい。ソーリー。

フィリピン大衆文化研究家、フィリピン・カルチャー・ウォッチャーを自負している。
フィリピンの文化・社会の格好の入門書といってもいい。
フィールド・ワーカーとしてもやるべきことはやっているようだ。フィリピン社会・文化の一断生き生きと伝えている。今後、ノン・フィクション作家としても嘱望できそうだ。

大所高所から眺めるだけでは、一国の社会・文化は上っ面しかわからない。
常民を調査することで、一国の社会・文化が見えてくる。
底流に澱む普通の人達の意識と感受性に深く立ち入って表面に浮かび上がらせる作業が必要なのだ。
平凡を保護色にしてひっそりと生きている人達が、何を考え、何を感じ、いかに行動するかを掌握しなければ、社会・文化の深層の部分は理解できない。

社会の片隅に生きる、名もない一人の女性の人生を追い続けるのも、それはそれで大変な意味があるんだぜ。
偉人・賢人の人生から学べないことを学べるかもしれない。
元タレントという盛り場で働く女性達を扱っていながら、フィリピン、フィリピーナに注ぐ眼差しは温かい。共感する。

ものの見方が楽観的で偽善者っぽいなんていう人もいるだろう。
が、否定的で意地悪な眼でフィリピンを語るフィリピン通が多い中で、希望観測的に物事を見ていく態度も一つの見識だよな。少なくとも、佐太郎は、この戦列に加わって比国をウォッチしていくね。

蛇足ながら、フィリピン・ナイト・ガイドとしても役に立つぜ。
よこしまでやや向こう見ずな考えをお持ちの諸兄も、このくらいの常識は身につけておきたいものだ。ガードを固めての攻撃だわさ。

佐太郎にとって、フィリピンは何かだって?
そうさなあ、「本物のスリルと感動の味わえるディズニーランド」よ。
嘘つけ、「本物のスリルと感動の味わえる老人介護施設」だってか。
否定はしないぜ。ハハハ。
さらに付け加えると「夢と冒険と空想に満ちた宝石箱」よ。
なぬっ、グルメレポーター彦麻呂風だってか。
体型が似ているだけだっちゃ。ハハハのハ。
# by tsado4 | 2007-11-25 06:50 | フィリピン関係の本の書評
老後は、趣味に生きがいを見い出すのが賢明だ。
最近、老いの慰みにミステリー仕立てのラブ・ストーリーを書こうと思い立った。
良い趣味やろ。
まずお金がかからない。頭を使うからボケない。気持ちが若く保てる。良いことづくめじゃ。

すでに、旅行サークル「ひとり」をでっちあげ、地道に活動を継続している。
お笑い芸人、劇団「ひとり」のパクりだが、このネーミング。結構、気にいっている。最近は、赤坂、六本木方面を一人で自由気ままによたよた歩きまわっている。時々、サークルの参与、女房殿が付き合ってくれ、シルバー・デートと洒落込んでいるんさ。
12月、フィリピンに行ったときは、この活動、さらに本腰を入れるつもりでいる。
で、これまた、唐突に活動拠点、日曜作家倶楽部「一人ぼっち」を創設したのだ。勿論、ネーミング通り、孤高を保って一人で活動するんでさあ。入部を希望する物好きがいるなら、入れてやらないことはない。何の拘束もないいんだぜ。ただ、勝手にフィクションを書きなってことさ。

なぜラブ・ストーリーかだって?
恋は若者だけの特権ではない。ただ、日々が忙しすぎて、恋する心を忘れているだけ。臆病になっているだけ。
恋は非日常の精神ののめくるめく経験や。
人は恋で変わる。成長する。破滅もする。
激しいブリザーブのような恋を書いてみたい。
裏庭にひっそり咲いた月見草のような忍ぶ恋を書いてみたい。
架空のストーリーの上なら、どんな淫らな恋をしたって、カアチャン、怒らないしな。

本来、あっしは野外の活動を好む人間。歳を取ったら、田舎を冒険旅行すること、きれいな海でダイビングすることを考えていた。それが不可能になり、消極的選択の末、フィクションを執筆しようと思うようになったのだ。これも、若いときからの夢の一つだったことは確かなんだけどね。人生には遅すぎるってことはないべさ。思い立ったが吉日。早速、書いてみることにした。
日曜画家、日曜大工という言葉があるんだから、日曜作家というのがあってもいいべさ。
ぺンネームはサタロー。
3、4つのラブストーリーの入れたミステリーの1章として書き始めた。
が、短編になるように仕上げてみたで。
すぐ、下にアップしただ。お暇なら、つたない駄文、お読みくだされ。
# by tsado4 | 2007-10-20 10:49 | フィクション

蘭園の告白(その1)

   ・・・・・・・・・1・・・・・・・・・・
コーラとの出会いは最悪だった。

「何よっ!あんたに関係ないでしょ。誰かあ、誰か、来て!」
とたんに、通りでたむろしていた男達が、4,5人、どっと隆志の背後に駆け寄ってくるのが、わかった。
やばい。殴られると思った。おしっこが少し漏れた。
女は敵意むき出しに私をにらみつけてきた。顔が怒りで青白く震えている。視線のきつさが瞳を射抜いてくる。
この窮地をなんとか脱しなければ。女の気持ちを落ち着けるにはどうしたら良い?
手がかりを求め、女の顔をじっと観察をした。不思議なことに怒り狂っている女の顔が美しいと思った。ひたむきに憤るその顔がまぶしかった。いとおしくさえ思えた。憤懣やる方ない繊細なガラス細工。もろくて今にも壊れそうな造作。fragileな女。守ってやりたいと本能的に思った。
その女がコーラだった。

  ・・・・・・・・・
 こんなに こんなに 君を好きになって
 本当に 本当に うれしいから
 例えば この先 挫けてしまっても
 握りしめたその手を もう離さない
 出逢えたことから すべては始まった
 傷つけあう日も あるけれど
 「一緒にいたい」と そう思えることが
 まだ知らない明日へと つながってゆくよ
     (ELT「Fragile」より)
  ・・・・・・・・・

俺は、いつの間にか斜に構えて人と接する習性を身につけていた。人と真正面から対峙する姿勢を捨て去っていた。人とまっすぐ向き合っても疲れるだけ。下手をすると損をする。己が傷つくことを極端に恐れ、何時でも逃げられる体勢で人と関係した。感情を押し殺し、誰にでもいい顔をする八方美人。もう嫌だ。もう限界だ。
歳の功、世渡り上手、身過ぎ世過ぎの達人。そんな態度をフォロウする言葉もうまい具合に存在する。が、自分のことは自分が一番わかる。無意識にの部分で気づいていた。俺は、臆病で、卑劣で、狡猾で、最低の人間だ。
人に肩透かしを食らわせる暖簾に腕押し人生。欲得のからんだ世界では、一定の効果はあげる。
残された人生の長さが気になりだしていた。これからもこんな人間であり続けると思うと情けなくなった。
自分を変えなければ後悔する。しんどくてもいい、人と真剣に向き合ってみよう。そう思えるようになっていた。
直感した。この女には俺の足りないものが輝いている。

ジジイとはフィリピン航空、PR431の座席が偶然隣り合った。
その偶然がなかったら、今の満ち足りた日々は獲得していなかったことになる。
人生は、考えてみると、偶然の果てしない繰り返しなのだ。その中の一つの偶然が欠けたなら、次の偶然は起こっていない。というより、違った偶然が起こっているんだ。
こんな偶然の連鎖に思いをはせると、隆志は運命というものを信じざるを得なくなる。
ジジイと出会ったから、コーラと出会った。
そういう意味では、隆志はジジイに感謝してもし過ぎることはなかった。


「よくフィリピンに行かれるんですか」
「ええ、まあ。2ヶ月に1度ほどです」
「お仕事、急がしいんですね」
「いえ、遊びですよ。遊びに行くんです。下半身、全開ですよ」
座席のシートベルトをもう一度しめながら、口元を自嘲的にゆがめ、薄笑いをしてわざと下卑た言葉を吐いていた。どうも、俺は気取った真面目くさった奴を見ると、無性に腹が立つ。皮肉な言葉を撒き散らし挑戦的に振舞ってしまう。悪い癖だ。ジジイは俺の思惑など全く気にせず、相変わらず慇懃に落ち着いている。負けだな。
鷹揚な物腰、きっちりと分けた綺麗な銀髪、典型的インテリ紳士。高そうな服装をさりげなく着こなしている。俺とは正反対の人種。
「ほほおう、お遊びですか。いいご身分ですね。こっちのの方ですか、それとも、こっちの方ですか」
小指を立て、そして、ゴルフのクラブを振る真似をする。このジジイの言動、いちいち絡み付いてくる。俺の神経に障る。いらいらしてくる。
「もちろん、こっちの方ですよ」
小指を立て、にやりと笑ってつっけんどんに答える。
「そうですか。こっちの方が楽しいですよね。どこが面白いですか。お教え願えますか。フィリピン、始めてなんですよ」
やはり小指を立てて如才なく答える。なんだい、このジジイ、俺が嫌がっているのをわかっているくせに。何か企んでいる。食わせ者だな。
「いいですよ。泊まるところは決まっているんですか」
「ええ、マニラダイアモンドホテルというところを予約してきました。そこまでの行き方、わかりますか」
「わかりますよ。私も近くのホテルをとっています。一緒にタクシーに乗りましょう」
「それはラッキー。じゃあ、お願いしますね」
旅慣れている感じなのに、初対面の人間に対して警戒心がなさ過ぎる。何かあると思った。誰か、フィリピンの事情通を探しているような気がした。女か。このタイプの人間は俺とは違うはず。でも、下半身は別人格と言うからなあ。こんなすました紳士面をして俺なんかよりはるかに女たらしなのかもしれない。なんだか親近感が湧いてきた。

「あなたはフィリピンでは英語を話すんですか」
「そうですよ。あと、フィリピノ語を日常会話程度」
「すごい。それは頼りになりますね」
頼りになります? ジジイ、なにか俺に頼むつもりなのか。
「フィリピノ語はどこで勉強されたんですか」
「独学です。無趣味なんで、東京ではやることがないんです。それと、マニラで、ベッドの中での個人レッスン。もう授業料、たっぷりつぎ込んでいるんですよ。向学心に富んでいると思いませんか」
「そいつはいい。勉学、はかどりますよね。マン・ツー・マンですものね。私もその方法、取り入れようかな」
よく言うよ。心にもないことを言う。目的は何なんだ。一応、聞いてやるさ。でも、面倒くさそうだったら。空港で、はい、それま~でよといくさ。
「それなら、マニラでは、普通のフィリピン人と話ができますよね」
「ええ、込み入った内容でなければ」

俺は努力家だ。理想のフィリピン女性と仲良くできるよう、仕事以外の時間は、日々、フィリピノ語を特訓し続け、簡単な会話はできるようになっていた。その情熱には自分でも感心していた。女がからむとこうも違うのか、自分で自分に皮肉の一つも言いたくなる。とにかく、勉学というものは、目標がはっきりしていればはかどるものなのさ。
大学時代に入っていたESSで培った英会話力を併用すれば、フィリピーナとのコミニュケーションは何も困らなかった。
そういう俺を「フィリピンにはまっている」と周囲はこそこそ噂する。が、今では自分の方から「逆さ。フィリピーナが俺にはまっているのさ」とうそぶいていた。俺は偽悪者さ。その位置にあるのが一番心地よかった。


「実はお願いがあるんです。この手紙の女性を探し出していただけませんか。もちろん、謝礼を差し上げます」
きたきた。日本のフィリピン・クラブではまった女か。いい歳をして。本当、人間って、見かけによらないものだなあ。俺とたいして変わらないじゃないか。うれしくなった。同族のように思え、仲間意識が芽生えた。犯罪には関係していなさそうだし、一肌脱いでやるか。

「その女性、どういう方なのですか」
「実は、留学していた息子が、15年ほど前、マニラでつきあっていた女性なんです。半年前、妻とその息子を同時に交通事故で亡くしました」
「ご愁傷さまです。で、今になって、どうしてお探しになるんですか」
「息子と女性の間に女の子がいるはずなんです。中学生くらいだと思います。家族を亡くした喪失感。孤独と絶望。生きる気力をなくしていました。自分勝手でお恥ずかしい話ですが、息子の忘れ形見、孫にあたる、血の繋がった、その女の子にどうしても会いたくなって、居ても立ってもいられなくなり、今、こうして飛行機に乗っているんです」
「ご事情はわかりました。ご同行して、一緒に探しますよ」
「申し訳ないのですが、最初はお一人で行っていただきたいのです。二人の結婚に反対し二人の間を引き裂いたのは私なんです。勉学途上で、軽はずみに子供を作ってしまった息子を許せなかったんです。手切れ金を渡すから、息子と別れてくれと手紙を書きました。その際、孫を引き取ると申し出ましたが、あっさり拒絶されました。手切れ金も拒絶されました。プライドの高い女性のようです。その後、連絡が一切ありません。私の方も忙しさにかまけて忘れてしまっていました。先方は私のことを相当に憎んでいると思います。あれから15年。そんなこんなで、その女性には合わせる顔がないんです。息子を失って始めて、私はとんでもないことをしたとわかりました。自分の犯した罪の大きさに心から悔いています。ですから、先方には、誰が探しているか、絶対に悟られないようにしてください」
「で、その女性に会えたらどうすればいいのですか」
「息子が死んだ旨を伝えてください。どんな女性でどんな生活をしているか、また、孫娘もどんな子なのかも、教えてくださればそれで結構です。もう、新しい男性と結婚しているでしょうし、幸せそうならば、そっとしておいてください。生活に困っているようならば、宙に浮いた形の手切れ金を、わからない形で渡してほしいのです。ただ、本当に身勝手で虫のいい話ですが、冥土の土産に孫娘の顔だけはどうしても一度見ておきたいんです。そこのところの段取りをつけていただきたいのです。これも、絶対に悟られない形で、お願いします。謝礼ははずませていただきます」
なるほど、複雑な事情をかかえているんだ。心から気の毒に思ったさ。でも、これで、訪比一回分の費用は浮きそうだ。アルバイトのつもりで、この仕事、きっちり、かたをつけてやろう。なんだか、他人のプライバシーを探るというのも面白そうだし、にわか探偵になってやろう。久しぶり、わくわくしてきた。

「わかりました。それ、仕事として引き受けましょう。でも、私も貴重な遊びの時間を割くことになります。必要経費と日当3万円でいかがでしょうか」
「承知しました。よろしくお願いします」
「じゃあ、まず連絡用として携帯電話を買ってください。私は持っています。1万円以下で買えるはずです。一緒に買いにいきますよ。女の子との連絡用にも便利ですよ。もし、その気があったらですけれども」
「わかりました。ホテルで一段落したら、買い物、つきあってください」

ジジイの手紙の住所はパラニャーケだった。空港からはそんなに遠くはない。チップを多めに握らせたタクシーの運転手は目的の住所をすぐに見つけた。しかし、女はそこにもう住んではいなかった。運転手にさらにチップを上乗せして、引越し先を知っている女をなんとか見つけてもらった。二十代半ばの女が同乗した。
「ここからはタクシーではいけないわよ」
女の言葉にしたがって車から降り、狭い道をしばらく歩いた。引越し先は明らかに生活レベルの落ちている場所だった。仕事がないのか酔っ払っているのか、昼からぼんやりと油を売っている刺青をした上半身裸の男達。駆け巡る粗末な服装をした子供達。半裸に近いだらしない服装で話し込んでいる女達。漂う生活の匂い。トイレの臭気。よそ者の侵入に無遠慮な険悪な視線を送ってくる。その日その日の暮らしに追われている余裕のない生活が容易に想像できる。できることなら、来たくない場所だ。

女は今にも傾いて倒れそうな古い家屋の前に立ち止まった。
「コーラ、いる? アリスよ。あなたのお姉さんを探している人がいるわよ」
髪が寝乱れてままの、化粧けなしの女が欠伸をしながら不審そうにドアを明けた。ひどい姿にもかかわらず、よく見れば、美しい女だった。
「こんにちわ。日本から来た斉藤といいます」
「何の用?」
「こちらに、ジェニーさんという方いらっしゃいますか。あなたですか」
「姉は心臓を悪くして入院しているわ。姉とどういう関係なの」
怒気を含んでいるのがわかった。
「ちょっと、頼まれてきたんです。お姉さんの娘さんは元気ですか」
「何よっ!あんたに関係ないでしょ。誰かあ、誰か、来て!」
金切り声に近い声をを上げた。
とたんに、通りでたむろしていた男達が、4,5人、どっと隆志の背後に駆け寄ってきたのが、わかった。明らかに敵意に満ちた男たちの眼。女に好意を持っているのがすぐにわかった。女の言葉一つで袋叩きにあう。ぞっとした。小便をチビッた。

「ぼ、ぼくは頼まれて来ただけなんです。あ、あなたのお姉さんに渡してくれとお金を預かっています」
お金と聞いて、ちょっと顔が和らんだ気がした。ちっ、現金な女だ。
「そうね。皆の前で話すことじゃないみたいね。家の中に入って。アリスも一緒に」
隆志は、連れてきてくれたアリスという女性と一緒に足の踏み場もないくらいに乱雑に散らかった家の中に入り、壊れて傾いた汚いソファーに腰をおろした。この家の中の荒れようといったらなんだ。住む人の心の荒みが伝わってくる。
「ごめんなさいね。汚くて。普段は子供達だけが住んでいるの」
「いいえ、朝早くからから起こしちゃってごめんなさい」
「お金を預かったって、誰から預かったの?」
「それが私もよくわからないんです。飛行機で隣り合った日本人の紳士の方からあなたのお姉さんに会うように頼まれたのです」
「姉の昔の恋人は日本人なの。その人に頼まれた人なのかしら。でも、今、お金にすごく困っているの。本当ならうれしいわあ。怪しいお金じゃないわよね。姉の娘がちょっと問題を起こしているみたいなの。それと関係ないわよね」
ジジイから預かった封筒を紙袋から取り出す。大切なものは、くちゃくちゃの紙袋に入れて運ぶようにしている。
「そうそう、これ、とりあえず預かってきたお金です。5万ペソあるそうです」
「姉は、当分、病院から出れそうもないわ。姉には会えないわよ。実は、姉の入院費が払えず、どうしようか、困っていたところなの。これ、使わせてくれると、ものすごくありがたいんだけど」
「ちょっと、待ってください。依頼した本人に電話してみます」

ジジイに早速電話を入れた。すぐに出た。待っていたようだ。今までの経過を報告し、息子の元恋人が入院中であり、その娘が問題を起こしかけていると知ると、すぐにでも、元恋人の妹に会って詳しい事情を聞きたいと言う。

「この5万ペソ、お姉さんの入院費に使ってくださいとのことです。必要ならば、病気が回復するまで医療費は出すと言っていますよ」
「えっ、本当? その方、どんな人なんです。知らない方にそんなことされるなんて気持ち悪いなあ」
「これだけは言えます。あなたのお姉さんの昔の恋人は事故で亡くなったそうです。先方は昔の恋人をよく知っている方です。で、その方、あなたにすぐにでもお会いして事情を詳しく聞きたいと言っています。どうしますか」
「いいわよ。今夜、お店に来ていただけます。デル・ピラールの『ミュージックラウンジ・バタフライ』というお店です。『ホビットハウス』というライブハウスのすぐ近くです。場所、わかりますか」
「看板、見たことがあるような気がします。9時頃、伺います」
「遅くなりましたが、あたしの名前、コーラって、いいます。でも、お店では、エンジェルという名前で出ています。これ、お店の名刺です」
「それから、もう一つ。できましたら、お姉さんとお姉さんの娘さんの写真を一枚でも、持ってきてきていただけませんか。先方のジジイ、失礼、かなりお歳を召された方なんです。是非見たいと言っています」
「わかりましたわ。どうして、写真なんか、見たいたいのかしら」
「ジジイのこと、私もよく知らないのです。あなたが直接にお聞きください。変な方でありませんから、ご心配なく。会えばすぐわかりますよ」
「ごめんなさい。飲み物もさしあげず。今、持ってきます。あら、あたし、ひどい格好。恥ずかしいわ」
心が和んできたようだ。それと同時に、寝起きのままの格好だと気がつき、あわてふためいている。かわいい。俺好みの美人だ。
「バタフライ」に毎日通い詰めるようになるとは、この時点ではまだ予測できなかった。


『ミュージックラウンジ・バタフライ』はすぐわかった。
日本人の客を対象にした、美形のホステスを集めている、カラオケを歌えるクラブだった。マネージャーが日本人で日本語が通じる。日本語を話せるホステスも多い。
ジジイと連れ立って、お店に一歩入ると、「いらっしゃいませ」の声がいっせいにかかる。
エンジェルと指名すると、程なく、コーラがやってきた。
驚いた。綺麗なドレスを着て妖艶な笑みをたたえて挨拶する優雅な女性はお昼とまるで別人。お仕事モードに入っている。同一人物か、しばらくの間、疑ったほどである。初対面との格差が大きすぎる。
「いらっしゃいませ。エンジェルです。お待ちしていました」
「えっ、君、本当にコーラ? 信じられない。内野さん、こちら、コーラさんです」
「始めまして。内野と申します。お美しいですね。驚きました」
平静を装っているが、緊張が伝わってくる。膝の横を指でやたら叩いている。

「エンジェルさん、あなたのお姉さん、病状の方はいかがですか」
「一進一退のようです。お医者さんが言うには、しばらく、ゆっくり休養するのが一番なのだそうです」
「医療費は私がお支払いします。ちゃんとした医療を受けさせて、ゆっくり休ませてやってください。お姉さんの昔の恋人が事故で死んだのはお聞きになっていますよね。私はその知り合いのものです」
「わかってますわ。おじいさん。一目見てわかりました。死んだのはあなたの息子さんだって。だって、あなたの口元と目元、クリスにそっくりなんですもの。クリスのおじいさん、これ、姉とクリスの写真です。ご覧になってください」
「そうですか。ありがとうございます。こちらがお姉さんですか。あなたに似て、お綺麗な方ですね。息子が好きになったのがわかります。こちらがクリスですか。可愛いなあ。私にそんなに似ていますか。うれしいなあ。叫びだしたいくらいです」
ジジイは食い入るように写真を見て凝固している。何を思っているのだろう。他人の心の中まで入ってはいけない。でも、この仕事を引き受けてよかったと心から思っていた。
「あなたがクリスのおじいさんだってこと、証明するものが何もなくても信じますわ。姉もあなたに一目会えば、あなたが誰かすぐわかります。あたし、姉の性格を知っています。姉はあなたのことをけして許さないと思います。あなたからお金がでていると知ったら、姉は怒り狂い、お金を受け取ることを拒否します。でも、現実問題として私達にはお金がありません。私は姉を助けたいです。そのために私は姉に嘘をつきます。お金は、あなたの息子さんからのものということにしていただけますか」
「もちろん、結構です。実際、息子はかなりの預貯金を残しています。それはそのままクリスの養育費、学費にあてていただこうと考えていました。お姉さんさえ許していただければ、私はクリスが一人立ちするまでスポンサーになるつもりでいます」

ジジイの方は、一件落着のようだ。ジジイは愛しい人にまもなく会えるだろう。
だが、俺の方に新しい問題が生じていた。
俺はコーラにグイグイと魅かれ始めていた。さっきから、コーラの顔をずっと眺め続けている。それを感じて、コーラはなまめかしい微笑みを返してくる。しとやかであでやかな立ち振舞い。魔法をかけられてしまった。熱病に侵されている。
他の女の子のことは完全に頭の中から消えてしまった。俺は、マニラにいる間、毎日、この店に通うだろう。
# by tsado4 | 2007-10-18 09:55 | (創作)蘭園の告白

蘭園の告白(その2)

  ・・・・・・・2・・・・・・・
ロハス・ブルバードをはさんでアメリカ大使館に対面した辺りにスターバックス・カフェがある。
旅行者風情の欧米人。韓国語を話す若いグループ。こざっぱりした服装だが少し危険な匂いを漂わせるフィリピン人の男女。店内は八分通り埋まっている。昼下がりにしてはなかなかの盛況。
午後3時。隆志は約束の時間にお店に入った。
驚いたことにコーラはすでに座っていた。備え付けの新聞に所在なげに眼を通している。嘘だろう、フィリピーナが待ち合わせに約束通り来ているなんて。
好意的に言えば時間の制約から解き放たれている自由で鷹揚な気質、悪く言えば時間にルーズでノウテンキな気質がそうさせるのか、それとも、フィリピン女性特有の見栄や駆け引きがそうさせるのか今だわからない。が、1時間くらい待たされるのが普通だった。時間を守るという約束事がほとんど重視されていない。だから、時間通りに来ているコーラを見たとき、隆志の中で予感が走った。胸がときめいた。今日は違う。何かが起こる・・・
ゆっくりとした時間の流れを基調とする異空間の文化を劣っていると軽率に判断するほど、隆志は無知な愛国者でも厚顔な文明人でもない。
「待った?」
「いえ、少しだけ」
「君って変わっているね。フィリピーナを待たせたのは始めてだよ。今日は記念すべき日だ」
「あら、あたし、時間をあんまり気にしなかっただけなの。よくあることよ。不満なの? じゃあ、今度はたっぷり待たせてあげるわ」
「いや、そいつは結構。願い下げだな。お腹すいてる? 外で何か食べるかい」
「いいえ、食べたばかりなの。すいてないわ」
「じゃあ、お願いがあるんだけど・・・」
「えっ、なあに」
「ちょっと暑いけど、外を散歩しないかい。リサール・パークって、まだ行ったことがないんだ。ガイド代、払ってもいいんだぜ」
「あら、私を観光ガイドとして使おうなんて勇気あるじゃない。すご~く高いわよ。でも、あなた、優しいから、今日はただにしてあげる。スペシャル・サービスよ」
「あんがと。涙が出てくるよ」

人と駐車中の車で混雑するロハス・ブルバードの側道を北に歩き、カラウ・アーべニューを横切るとそこはもうリサール・パーク。リサール記念像の前では、群れをなして韓国か台湾の観光客が写真を撮っている。これは好機とばかり、隆志もポケットからデジカメを取り出す。
「一枚、撮っていいだろう。君の美しい顔を東京でも眺めていたいんだ」
「あら、写真がないと私のこと思い出せないのね」
「俺って、想像力に乏しいんだ。寝る前には、写真を眺めては君のことに思いを馳せるんだ。いいだろ」
「本当ね」
「にっこり笑わなくてもいいよ。君の自然の表情を撮りたいんだ」
「何よ。じゃあ、思いっきりきつい顔をしてあげるわ」
カメラを見据えてくるまじめくさった顔も微笑ましい。

漆黒の潤んだ大きな目、やや大きめの形の良い鼻、きりっとしながらも今にも笑みのこぼれ落ちそうな口元。
夜の薄暗い照明の下でのどこか悲しげで官能をくすぐる表情には魅了されていた。が、時折、その表情の奥に、頼りなさ、脆さ、あきらめといったものが渾然と入り混じった翳りを垣間見る。何時まで眺めていても見あきなかった。
この女のことをもっと知りたい。白日の下で素顔を見てみたいという欲求にかられていた。神秘ののベールを剥がしてやるんだと意気込んで、半ば強引にこうして外に連れ出してきたのだ。
美形には変わりなかった。が、思った以上に色黒で健康的に見える。
あら隠しのできない太陽光の下でも美しいということは、どこにいても美しいんだ。血管に血流がどっと流れるのを感じた。

夜とは印象が違う。性格の明るさ、人柄の良さといった予想外の資質も伝わってくる。
いろんな顔を持った不思議の女。昼の光は神秘の女の妖艶さを弱めはしたが、現実の女の逞しさをクローズアップした。
隆志は惚れ直した。俺が求め続けたのはこの女だ。俺が今まで独身でいたのもこの女のためだ。
確信した。もうためらうものは何もない。どんなことをしても、この女を手に入れる。

リサール記念像の左の道を通り、公園の中ほどにある芝生の広場を進む。
暑い。ギラギラと照りつける陽光の中を歩いている人はほとんどいない。
たちまち、汗が噴き出てくる。
「ごめん。こんなところ、歩かせちゃって。はい、ハンカチ」
「ありがとう。気がきくのね」
首と額を拭って、返したきた濡れたハンカチを鼻先にもっていき、クンクンとわざとらしく嗅ぎ目を細める。
「うわっ。たまんねえ。いい匂い。卒倒しそう。ビニール袋に入れて日本に持って帰ろうかな」
「ばあか。エロいのね」
「そうさ、思いっきりエロいんだぜ。がっかりした?」
「フン、男なんて皆エロいわよ」
澄み切った青空。吹き渡る風にたなびく色とりどりの旗。ピンクや白の美しい花の咲き乱れる水辺。
二人して冗談を言い、顔を見合わせ見合わせ歩くと、ぎこちなさもすっかり消え、打ち解けた心になっている。
太陽が半端でなく照り付けている日中は当然のことながらベンチに腰掛けている人はいない。
「こんな素敵な陽光が降り注いでいるのに、誰も浴びようとしないなんて、日本では考えられないな」
「好き好んで色黒になろうなんてするフィリピン人はいないわよ」
「東京では、日焼けサロンというところで、お金払ってガングロになるんだぜ」
「ガングロって、なあに?」
「顔の色の黒いこと」
「じゃあ、あたしって、ガングロなの?」
「うーん、だよな。でも、日本のガングロよりはずっと上等で品がある」

コーラにさりげなく手を出すと、躊躇することもなく、握ってくる。血管の中で血液が沸騰した。
女の子と最後にこんな風に散歩したのは何時だったか、思い出せなかった。

公園中央のマリア・オロッサ・ストリートを渡ると、右手にラプラプ像が遠望され、左手の煉瓦造りの門の上方に「THE OCHIDARIUM」と書かれている。
「ここ蘭園だよね。蘭の花って十万種以上あるんだってね。色鮮やかで造形がユニーク。華麗でかつ繊細。素晴らしい香り。友達に蘭中毒がいてね。自分でランチュウと言っているんだけど、はまったらやめられないそうだ。入ってみない?」
「そうね。あたし、よく知らないけど・・・ いいわよ」
入場券を買い、入口から続く花のアーケードの下を進む。
庭園の小さな滝の前に来る。
「オーキッドの花言葉って、知っている?」
「いいえ、知らないわ」
「君みたいだね」
「えっ、何なの?」
「蘭の花言葉は美女だそうだよ」
「あら、嫌だわ」
「感じていてくれたと思うけど、僕は君が好きだ。好きだ。好きだ。死ぬほど好きだ。この突き抜ける青い空くらい君が好きだ」
平凡な言葉でも、繰り返しは女の子を喜ばせる。
「うれしいわ」
「君は蘭の化身なのかな。美しくて良い匂いがする。僕は完全に蘭中毒、いや、君に中毒になってしまったようだ。はまったらやめられないんだよな。もう君なしでは生きられない。できるなら、このままずっと僕のそばいてくれたらなあと思っているんだけど・・・・。僕じゃ、嫌かなあ」
「そんなこと、な・・」
顔を赤くしているコーラを、背骨が折れそうなくらい抱きしめてルージュの剥げかかった乾いた唇に軽くキスをする。
「俺、カレッサのように、目の周りに覆いを作り、他の女には見向きもせずに、君を乗せて突っ走るよ」
「あら、本当?」
「目隠しなんか必要ないか。他の女性なんか君に比べたら、しおれた花さ。道端の名もない雑草さ」
「あら、まあ」
「ねえ、二人で僕達の物語を作っていかないか。最高の特別の愛の物語をね」
「うふっ、反対なんてできないわ」


  ・・・・・・・3・・・・・・・
滝の前を離れ、ほてった心のまま再びゆっくり歩き出す。
丈の短いファッショナブルなデザインの薄紫のTシャツにジーンズ生地のホットパンツ。肌があらわに出ているコーラの腰に手を回す。はちきれるような弾力と適度に湿ったぬくもり。官能を刺激する。
スキンシップは心の距離を近づける。シダの垂れ下がったなだらかな小道を上りながら、隆志の心の中はまたしても予感がうごめく。俺はこういう状況で失敗することが多い。落ち着け。落ち着け。

坂道を上り切ったところにバタフライ・パビリオンがある。入口にはドアがなく、鉄の細い鎖が十数本、暖簾のように地上20センチあたりまで垂れ下がっているだけ。外気と室内の空気を遮断するものはなのもない。蝶を外に逃さないためには鎖の暖簾だけで十分らしい。
中は温室のようにむっとしている。足元には水が流れ、咲きそろった小さな花の周りを小型の蝶が群れ飛んでいる。
「ね、ねえ、隆志、蝶々のこと、フィリピノ語でなんて言うか、知っている?」
「いや、知らないな」
「パルパロって言うのよ。それからね。女好きのプレイ・ボーイもパルパロって言うの。花から花へ美味しい蜜を求めて遊びまわるからよね。私の元彼、皆パルパロだったの。ハンサムで若い男ばかりだったから仕方なかったのかもしれない。けど、それにしても、私って、つくづく男運がないのよ。好きになった男は例外なくパロパロ。捨てられる軽い女を演じてばかり・・・。好きになったら尽くすタイプなのよ。可愛そうだと思わない? 私って独占欲が強くプライドが高いの。最初に惚れ抜いてつきあった男、刺しちゃったのよ。他の女といちゃついている彼を許せなかった。気がついたら刺していたわ。血を見て始めて正気に返ったの」
「怖いなあ」
「私はフィリピーナ。プライドは高くてよ。フフフ、覚悟しておいてね。私、パルパロ、もう絶対に許さないから。裏切ったら殺すわよ」
眼が本気だった。背筋を戦慄が走った。同時に快感も。人間の感情は複雑だ。一筋縄でいかない。理屈で説明できない部分がある。
「君のためなら死んでもいい。いや、君になら殺されてもいいぜ。カマキリのメスは交尾の後にオスを生きたまま喰うらしいね。君に喰われて本望さ」
正直な気持ちだった。惚れ切った女になら殺されてもいい。刺されると考えるとゾクッと身震いがした。気づかなかったけれど、俺って究極のマゾヒストなのかもしれない。隆志はぼんやりと考えていた。

「日本では、君のように夜のお店で働く女性のことを夜の蝶と言うんだぜ。君こそ男達の間を華麗に飛び回るパルパロじゃないのか」
外部と内部を分け隔てるノレン状の鎖に思いをはせ、ある考えに行き着いた。
コーラを自分の手元から絶対に逃したくない。それにはがっちりと隙間なく遮断するドアよりも鎖を垂らしておく方がよさそうだな。俺は女性を完全に支配しようとして失敗してきたような気がする。
前に立つコーラの後れ毛から醸し出るほのかな香水の匂いと熟し始めた女の匂い。
くらっとした。たまらない。もう完全にお前中毒だ。

コーラはむきになってしゃべり始める。
「そうよ。私はパルパロ。夜だけじゃなく、昼間も自由に飛び回るの。自由よ。私、誰の物にもならないわ。私を束縛しようと思ったら大間違いよ」
振り向くと、手をヒラヒラさせて、辺りを走り回っている。子供だ。20歳を過ぎた女のやることか。
蝶の写真を撮ろうとしていた隆志はあっけに取られてしまった。
洗練した成熟と幼児性の混在。その危うい意外な組み合わせも限りなく愛おしくなっていた。
さっきまでつまらなそうにしていた。でも、今はいたずらっぽい笑みを浮かべて夢中に飛び回っている。こんな顔もするんだ。また少し彼女のことを知った。お店の顔からは想像できない。さらに心の距離が近づいている。ホステスと客ではなく、対等な女と男として向かい合っているような気がした。

パビリオンの中は丈の高い草むらになっていて小途が迷路のように入り組んでいる。
いつのまにかコーラは茂みの向こうに消えていた。しばらくして草むらの奥の方のでしのび笑いが聞こえる。
今度は隠れんぼか。よ~し、遊んでやろう。なんだか遠い子供の頃に返ったようで素直な懐かしい気持ちになっている。
あわてふためいてやる。
「コーラ、コーラ、どこだよう。君がいないと寂しいよう」
見通しのいいところでじっと待つことにする。やがて動いてくるさ。
いた。いた。単純だ。すぐに動いてくる。後ずさりしてくる身体を後ろからいきなり抱きすくめる。
左手で下腹部を押さえ、右手で口を押さえる。
「声を出すな。静かにしていれば、命は助けてやる」
「うっ、く、苦しいわ。やめてえ。ゴメン・・許してえ」
「俺の言うとおりすれば、許してやるさ」
右手で顎を後ろにむけ、強引に唇を奪う。
「ムムム・・、バカア、苦しいってば」
言葉とは裏腹に背中に回った手に力が込められ、舌を吸い寄せてくる。思わぬ逆襲。
情熱的だ。可愛い。こいつのキスはなんて気持ちがいいんだ。隆志は恍惚となる。

そのまま後ろから腰を抱いていると、タイタニックの映画の姿勢で、体重をあずけ手をバタバタ扇ぐ。
なんだい、この女。蝶の真似か。弾力のあるお尻が敏感な部分にあたる。こすられる。
下の方で突き抜ける熱い衝動。ムラっとする。まずい、まずい。真昼のうずき。
こちらのほてりなど関係なく続ける。
「飛ぶわ、飛ぶわ。私は未来へ向かって自由に飛びつづけるわ。あなたは疲れ切った私の休息の場よ。それでも良い?」
意味がわからない。自分勝手で自由奔放な女だ。この女と付き合うと振り回されるのは目に見えている。まあ、いっか。よしや、コーラの休息の場でも、コーラのおもちゃにでもなってやろう。
「いいよ。僕は君の根拠地だ」
果てないながらも、うっとりとする余韻。


隆志の脳裏に鮮明なフラッシュ・バック。
にきびの吹き出た高校生の初夏。鬱屈した青春の真っ盛。予備校の夏期講習へ向かう中央線の極限まで人を詰め込んだ通勤電車。
身動きできない状況で前のOLの薄着の尻の割れ目に具合よく敏感な部分が当たる。無意識に望んでいたのかもしれない。が、俺のせいだけでもない。気づいたときは願ってもない位置関係。鼻先の女の頭髪から立ち上る臭気の入り混じった濃縮した女の匂い。嗅覚が刺激される。荒い息遣いを必死でこらえる。電車の揺れに応じてだんだん怒張していく。健康な若者なら自然の反応。まだ女性の経験はなかった。快感と罪悪感の奇妙なバランス。
女は電車を降りるとき、無感情に小さな声で履き捨てるようにつぶやいていった。インテリ風の小顔のいい女だった。
「いやらしい・・・」
聞こえたのは多分俺だけだった。が、恥ずかしさで顔面がスパーク。
自分の中に潜む抑えがたい好色の素質には気づいてはいた。が、認めるのがこわかった。
いやらしい、いやらしい、いやらしい、三半規管の奥でこだまする。
傷ついた。そうさ、俺はいやらしい男。破廉恥な好色男さ。開き直った。認めてしまえば、気が楽になった。

女の気持ちは察しがつかなかった。あれは痴漢だったのか。限りなく灰色。あれが痴漢として断罪されるなら法は多分真実を裁いていないと、隆志は今でも思っている。
背徳の甘美な快感。さなぎを脱ぎ捨て羽化する瞬間だったのかもしれない。
勉学に勤しむ生真面目な高校生という自己規制から開き放され、情欲に正直な女好きの遊び人へ。
あの女の言葉は的確な予言だったようだ。20年以上たって、眉をひそめられ、軽蔑の目を向けられても、買春をも平然と行う堂々としたいやらしいパルパロに成長していた。

「痴漢は卑劣な犯罪」というヒステリックな言葉を耳にする度に、隆志はトラウマとなっているのか、腹立たしさの方が先に立つ。物事の多面性を吟味もせずに、一面的に判断する姿勢。自分達のみが健全な思想。自分達以外の考え方、行動様式を一切認めようとはしない傲慢なモラリスト達、それに追随するマスコミ。ファシズムじゃないか。
と自由人の遊び人を自負する隆志はついつい考えてしまう。
法律は守らなければならないが、すべてではない。好色者と変質者は違う。
自分は社会の常識、通念からはかなり外れているようだが、やっていいことと悪いことにはきっちり一線を引いているつもりだ。
確かに紛れもない遊び人だ。が、痴漢とか児童買春等の変質的で反社会的なものだけは絶対に手を出さない。
放蕩男としてのけじめさ。


パビリオンを出て心を落ち着かせ、二人で蘭の花を見て廻っていると、陽も陰ってきた。
「お腹、すいてきたなあ」
「そうね。あたしも」
蘭園中央にある海鮮レストラン「BARBARA」に入る。
おしゃれなインテリアの室内。上品な味のシーフードを食べながら赤ワインを傾ける。コーラの目の周りがほんのりと染まっている。テーブルの下で彼女の手にそっと手をおく。
「僕の計画を少し話してもいいかい?」
「ええ、な~に?」
コーラの手をきつく握り、
「近い将来、僕達の間に君にそっくりなオーキッドベービーを作りたいんだ」
「まあ、そんな、あたし・・」
「女の子が生まれたら、その子に蘭(ラン)って名前をつけるのが僕の夢になったんだ」
彼女も握りかえしてくる。
「不思議だわ。私も同じような気持ちだったの。その夢、協力しちゃおうかなあ」
「ワーオ」
「あなたって、タフで、激しくて、情熱的で、とても頼りがいがある。好きだわ」
彼女、顔を赤くしている。ワインのせいばかりではない。昨夜の情熱的な出来事を思い出したらしい。
「あなたの顔って、野性的で、個性的で、とても素敵。私、とても好きよ。でも、ハンサムじゃないわ。女の子、あなたに似ているかもしれないわね。どうする?」
「そうか。そういうケースもあるか。想定外だな。うーん。そのときもやっぱしランでいくよ。日本語の漢字は少し違うんだけど、乱という字でね。
ちょっと乱れちゃったものな。大きくなったら、きっと男共を狂わせるぞ」
「よくわからないわ。ねえ、で、男の子が生まれたら、どうするの?」
「そうか。そういうケースもあるか。想定外だな。そうだなあ。蘭丸にしようか。美少年になるぞ。でも、なんだかホモになりそうだなあ。まあ、いいっか、僕は進んでいるんだ。そんなことに差別意識は持ってないんだぜ」
隆志は、ワインの酔いだけではない酔いで、頭はボッとしているのに、口が勝手に滑らかに回ってしまう。
この女に中毒になると、饒舌になるという症状があるようだ。




  ・・・・・・・4・・・・・・
午後8時を回った。
レストランの外はもうとっぷり日が暮れている。
蘭園を出ると、左手にライトアップされたラプラプの像が木々の間に屹立している。来た道をゆっくりと引き返す。人通りはまだ昼間とさほど変わりがない。
が、気のせいか、コーラが身を硬くしているのが、絡めた汗ばんだ指の間からから伝わってくる。
ジープニーが行き交うマリア・オロッサを渡ると、明るく灯を点した売店が道路に沿って並んでいる。広がった薄暗がりの芝生の上で恋人達が囁きあいハグしキスしている気配が感じられる。
突然、コーラが歩みを止めた。外灯の薄明かりの下で、隆志の両手を堅く握って、向き合ってじっと眼を見つめてくる。訴えかけるような表情。意を決したように口が開かれる。
「さっきのお話、とてもうれしかったわ。でも・・・、私、言っておかなければならないことがあるの」
「なんだい。怖いな」
向けていた視線を下に落とす。魅力的な長いまつげがかすかに震えている。
「実は、私、3歳の女の子がいるの。ジーナって言うのよ」
「・・・・・・」
きた。覚悟はしていた。
魅力的なフィリピン女性なら二十歳前後で子供が一人くらいいるのは珍しくもなんともない。
コーラの漂う色香。男を扱いなれた所作。十分に男を知っているのはわかっていた。ひときわ目立つ憂いを含んだ大きな眼。彫りの深い整った顔立ち。出るところは嫌味なく出た引き締まったスレンダーな姿態。男共が黙って指を加えて見逃すはずがない。ハイティーンでのハンサムな男との恋。そしてお定まりの結末。想定内だ。
「隠すつもりはなかったけれど、出会って早い時期に言うことでもないわよね。でも、もう言わないわけにはいかないわ。こんな私、受け入れられて?」
「う~ん、そうか。ちょっと心を整理したい。少しだけ時間をくれないか」
近くのベンチに腰をおろす。心は決まっていた。が、考える振りだけはしなくては。
「父親って、どんな男? 一緒に暮らしているの? 今も一緒にいるなら、それはちょっと無理だな。君のためにもこれ以上深入りしたくない」
「私、男なんて選り取り見取りだったわ。ジーナの父親は最初に死ぬほど好きになった男よ。そう、私が刺して一緒に死のうと思った男。ハンサムで背が高くて目が綺麗で優しくて女の子ならほっておけないタイプの男よ。私達、人も羨む、最高のカップルだったわ。ジーナを18歳で生んだの。でも、もうとっくに別れているの。どこにいるかもわからないわ。未練が全然ないと言えば嘘になるけれど、もう一緒になることは絶対にないわ。それくらい傷つけられたし憎んでいるの。向こうも私以上に私を恨んでいるわ」
「そうか。今の俺にはうれしいな」
「心の空白を埋めようと、その後、何人もの男、いや二桁の男かな、とつきあったけれど、だめだった。荒れた生活を送っていたの。亡くなった母に迷惑をかけたわ。今はジーナが生きがい。私の宝物。ジーナを受け入れてくれない男とはつきあえない。こういう私を愛してくれて?」
お金だけが目的なら、こんなことは言わないだろう。本気でつきあうつもりだから言い出したのだろう。相変わらず自分に都合よく解釈した。己の甘さを封印し、腰にまわした両手を強くひきつけて耳元に囁くように即答していた。
「君の子供は君の分身。君と同じように愛するのは当たり前だろ。ジーナっていう子に早く会いたいよ」
「よかった・・・・。ほっとしたわ」
薄暗くてよくわからないが、瞳が濡れているようにも感じられた。身体が小刻みに震えている。
ただうれしさだけではない何か他の感情に突き動かされているようにも思えた。

「いろいろ、あったの。半年前、ジーナをみてくれていた母が癌で死んだわ。続いて、私を精神的に支えていてくれた一番上の姉が心臓病で倒れてしまったの。私、パニックになったわ。精神状態、ずっとおかしかったみたい」
「苦労したんだね」
「私の夢は、つつましいのよ。食べる物と住むところがあり、愛する人達と仲良く暮らすことなの」
「僕の夢も、凡なる幸せ。大きな成功なんか求めていない。平和で温かな日常生活。君と同じじゃないかな。気が合うじゃないか」

コーラ。
私好みの容姿。気が強くて明るい性格、穏やかで落ち着いた物腰。
存在そのものが癒し。
僕が望んでいるものをすべて具備している。

君こそ待ち続けた人生のパートナー。具象化された希望。
傾き掛けた人生でやっと見つけたダイアモンドの原石。
慈悲深い神様がお与えてくださった奇跡。
いい加減な生き方と決別する最後のチャンス。

この女のためなら、どんな代償を払ってもいい。
彼女となら、うまくやっていける。
根拠はないが確信はある。
怖れることなく前へ突き進むだけ。
自分のの未来は自分で切り開く。
破滅が待ち構えていても後悔はしない。

見上げれば満天の星。前方に浮かびあがる電飾されたマニラホテル。
その右上方に満月が怪しく輝いている。
潤いのある日々はすぐそこにある。人生のターニング・ポイント。我が最良の日。

隆志は感動した。頬を伝わる涙は拭うのも惜しかった。
放蕩男はロマンチスト。涙がよく似合う。
# by tsado4 | 2007-10-18 09:54 | (創作)蘭園の告白