日頃それとなく感じている思いをそこはかとなく書きつくる雑記帳というか、駄文集というか、落書き帳というか・・・


by tsado4

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(出版社) 集英社 1995円 
(お薦め度)*****

文京区の水道端図書館から久し振りに一冊のフィクションを借りた。
舞台がフィリピン・セブ島の農村と聞いていたので、長い間読みたいと思っていた本である。
2000年の直木賞受賞作。
その頃、株のネット取引に入れ込んでいて、ほとんど本を読まなかった。そして、2002年春、脳卒中で倒れ、読書どころではなくなり、そのまま読まずじまいになっていた。

最近、活字が読むのが相当につらい。1時間も読み続けると、目がかすんでくる。それで、1週間くらいかけてじっくり読むつもりでいた。
それなのに、読み始めるとやめられなくなり、2日間で読み切ってしまった。

面白い。文句なく面白い。
船戸の作品は、以前、イランのクルド族独立運動を扱った「砂のクロニクル」を面白く読んでいた。ある程度は期待はしていた。が、予想以上だった。
私が薦める5冊の本というアンケートがあれば、是非入れたいものだ。

船戸は卓越したストーリーテーラーだ。
アクション、純愛、暴力、ギャンブル、セックス、背徳と倒錯・・・
殺人を楽しむ異常性格、男色、父子相姦。この辺になると、ちょっと、サービスし過ぎかもだね。
人間の持つ理性と狂気を次から次へと描きだしてくる。
なんという引き出しの多さ。
満腹するのにそんなに時間がかからない。が、次の場面では、涙ぐんでしまう。
なんという転換の速さ。
私のようにフィリピンに興味を持っていない者にとっても、最高のエンターテイメントだ。
ジジイになって涙腺が少し弱っているとはいえ、三度も泣いてしまった。

船戸の物語はハードボイルドな冒険小説というのが一般的認識だ。
が、私はこの本を極上のラブストーリーと位置づける。
4つのラブストーリーが交錯して複雑な構成になっている。
悲劇で終わる恋あり、瑞々しい青い恋あり、憎しみと愛は表裏一体と感じさせる恋あり、偲ぶ恋ありだ。
後半部分の謎解きは、想定外。あっそう来たかという感じであった。
ネタ晴らしはしないが、キーワードは血の繋がり。

船戸の文章は、こなれていて読みやすい。リズムとハーモニーが感じられる。職人芸だねえ。
セブの農村部の美しい自然描写、バランガイに生きている人々の人物描写、喧騒と昂揚の闘鶏場の臨場感に満ちた描写などなど・・・
ポルノ小説まがいのセックスシーンの描写にしても、抵抗なく入ってくる。嫌らしさを感じさせない。むしろ美しい。筆力があるからなんだろうな。圧巻はラストシーンかな。

ラブストーリーと冒険活劇をを楽しめるだけじゃない。
この本は、優れたフィリピン農村ガイドブックでもある。
フィリピンの行政単位、バランガイとはどういうものか、そしてそこに住む農民はどのような生活をしているか、知識としてではなく感覚として伝わってくる。
さらにその上、分かり易い闘鶏入門書なのである。
この本を読むだけで闘鶏、軍鶏についての基礎知識が身に付く。
残酷だし、ギャンブルに興味がないって。
まあ、そう言わず、読んでごらんよ。
競輪、競馬よりも、このギャンブル、高尚で、哲学的で、かつ、人間的だぜい。

船戸は、誇張はあるものの、フィリピン社会の負の部分を容赦なく明るみに出していく。
賄賂の横行する腐敗したバランガイ選挙、強い者への媚、へつらい。弱い者へのいじめ、村八分。
社会の底辺で生きる、貧しい人間達の愚劣さ、醜悪さ、卑屈さ、そのどうしようもない生き様を鋭い筆致でえぐり出す。
と同時に世俗的権威を痛快にこき下ろし否定する。
収賄と無法の警察組織、愛と弱者救済を忘れた教会組織・・・
だが、弱者に向けた作者の視線は、基本的には優しく暖かい。
短所の裏には長所があることを作者は重々承知している。

船戸の作品は、現実に打ちのめされ傷ついた人間に勇気と癒しを与えてくれる。
若い頃の情熱と理想、ずっと持ち続けることは難しい。
人はやがてそれを忘れ、裏切り、ボロボロになっていく。
人間が丸くなった、世間がわかってきたなんて言われてね。
ホセ・マンガハスは人里離れた「虹の谷」を根拠地に、孤高のNPAとして、たった一人で戦い続ける。
それできるのは、誇り(ダカン)と希望(アサム)を失っていないから。
虹の谷はもちろんフィクションの中の架空の場所である。
でも、作者は意図していないかもしれないが、私はこう考えてしまう。
「虹の谷」はその気になりさえすれば、誰もが心の中に保持することのできるの夢と理想の保管庫。
多忙と数々の欲望の誘惑に溺れそうなとき、逃げ込むシェルター。
多くの人は、人によって違うが、若い頃の夢、理想を捨てがたい。いつかは実現したいと願がっている。
「虹の谷」はその大切な何かをこわさずに守る心の核というか、思い出したときに出撃できる心の奥深くに存在する根拠地みたいなもの。

誰もが心の中に「虹の谷」を構築し、誇りと希望を失ってさえいなけれれば、戦い続けることができるのさ。
ホセ・マンガハスのように。

船戸ワールドは、無常観と滅びの美学に裏打ちされている。
若い頃は、ハッピーエンドでなければ、心が落ち着かなかった。
でも、幸福なんて実体のないもので、しっかり手元におこうとすればするほど、するりと逃げてしまう虚像に近いものなんだと知ってしまった今は、逆にハッピーなエンディングは、嘘っぽくしらけてしまう。なんだか忘れ物をしたような・・・

船戸の物語のエピローグは、巨悪に抵抗し勝てなくても屈服しない主人公の感動的な死を描いていることが多い。
悲劇的な報われぬ死で終わる。
山田風太郎によれば、
 人生は無意味である。
 その無意味な人生をなんとか生き続けていくのが、人間のプライドなのだ。
 人生でただ一つ、意味があるものあるとしたら、それは死である。
のだそうだ。
最近になって、この意味がわかり始めた。
死というものがあって始めて生というものが存在するんだ。
船戸は感動的な死でストーリーを閉じることによって、輝かしい生のあったことを際立たせているのかな。
キリスト教では、意味のない人生はないと教える。どんな人の人生も神の賜物。それぞれが比類ないマスターーピース。
だが、待てよ。
無意味ととらえるも、意味があるととらえるも、同じことを言っているんだ。
人の命の重さは皆同じである。冷酷な殺人者のそれも清貧の聖者のそれも変わりない。

「虹の谷の五月」は、船戸の作品としては珍しく、未来を感じさせる明るい終わり方をしている。
トシオとメグとジミーは、まだ生き残っている。新しい展開を期待させる。

不正に立ち向かうDNAを有するトシオ青年を待ち受けるものは?
クイーンの養女として横浜で生きるメグはどう生きるのか?
貧しき人のための裸足の医者を目指すジミーは願いを成就できるのか?

作者は続編を用意しているような気がする。
日比両国を舞台にした、さらなる活劇とラブストーリー。
願わくば、私が生きているうちに書いてくれよ。船戸さん。
楽しみにしているけん。
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by tsado4 | 2006-03-06 09:19 | フィリピン関係の本の書評