日頃それとなく感じている思いをそこはかとなく書きつくる雑記帳というか、駄文集というか、落書き帳というか・・・


by tsado4

カテゴリ:フィリピン関係の本の書評( 7 )

(出版社) 現代書館 2000円+税 
(お薦め度)*****
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こちらを読んでください。

  
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by tsado4 | 2008-05-31 07:22 | フィリピン関係の本の書評
(出版社) 情報センター出版局 1600円+税 
(お薦め度)****
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芸能人ビザで来日し、2005年の法務省の方針転換で再来日がほとんど不可能になったホステスたちを追跡しその後どんな暮らしをしているのかを気軽な読み物にしている。
いかにもその軽い感じとはうらはらに、フィールドワークとして元タレント達の聞き取り調査をきっちりとこなした本である。フィリピノ語が堪能でないとなかなかできないよな。
とにかく、楽しく一気に読める。が、ありがたいことに、知らず知らずのうちにフィリピンの社会・文化に関する常識が身についてしまう。
ついついホステスと言ってしまったが、筆者の語るところによると、フィリピン的ニュアンスではGROと言わなければならないらしい。ソーリー。

フィリピン大衆文化研究家、フィリピン・カルチャー・ウォッチャーを自負している。
フィリピンの文化・社会の格好の入門書といってもいい。
フィールド・ワーカーとしてもやるべきことはやっているようだ。フィリピン社会・文化の一断生き生きと伝えている。今後、ノン・フィクション作家としても嘱望できそうだ。

大所高所から眺めるだけでは、一国の社会・文化は上っ面しかわからない。
常民を調査することで、一国の社会・文化が見えてくる。
底流に澱む普通の人達の意識と感受性に深く立ち入って表面に浮かび上がらせる作業が必要なのだ。
平凡を保護色にしてひっそりと生きている人達が、何を考え、何を感じ、いかに行動するかを掌握しなければ、社会・文化の深層の部分は理解できない。

社会の片隅に生きる、名もない一人の女性の人生を追い続けるのも、それはそれで大変な意味があるんだぜ。
偉人・賢人の人生から学べないことを学べるかもしれない。
元タレントという盛り場で働く女性達を扱っていながら、フィリピン、フィリピーナに注ぐ眼差しは温かい。共感する。

ものの見方が楽観的で偽善者っぽいなんていう人もいるだろう。
が、否定的で意地悪な眼でフィリピンを語るフィリピン通が多い中で、希望観測的に物事を見ていく態度も一つの見識だよな。少なくとも、佐太郎は、この戦列に加わって比国をウォッチしていくね。

蛇足ながら、フィリピン・ナイト・ガイドとしても役に立つぜ。
よこしまでやや向こう見ずな考えをお持ちの諸兄も、このくらいの常識は身につけておきたいものだ。ガードを固めての攻撃だわさ。

佐太郎にとって、フィリピンは何かだって?
そうさなあ、「本物のスリルと感動の味わえるディズニーランド」よ。
嘘つけ、「本物のスリルと感動の味わえる老人介護施設」だってか。
否定はしないぜ。ハハハ。
さらに付け加えると「夢と冒険と空想に満ちた宝石箱」よ。
なぬっ、グルメレポーター彦麻呂風だってか。
体型が似ているだけだっちゃ。ハハハのハ。
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by tsado4 | 2007-11-25 06:50 | フィリピン関係の本の書評
(出版社) 集英社 1995円 
(お薦め度)*****

文京区の水道端図書館から久し振りに一冊のフィクションを借りた。
舞台がフィリピン・セブ島の農村と聞いていたので、長い間読みたいと思っていた本である。
2000年の直木賞受賞作。
その頃、株のネット取引に入れ込んでいて、ほとんど本を読まなかった。そして、2002年春、脳卒中で倒れ、読書どころではなくなり、そのまま読まずじまいになっていた。

最近、活字が読むのが相当につらい。1時間も読み続けると、目がかすんでくる。それで、1週間くらいかけてじっくり読むつもりでいた。
それなのに、読み始めるとやめられなくなり、2日間で読み切ってしまった。

面白い。文句なく面白い。
船戸の作品は、以前、イランのクルド族独立運動を扱った「砂のクロニクル」を面白く読んでいた。ある程度は期待はしていた。が、予想以上だった。
私が薦める5冊の本というアンケートがあれば、是非入れたいものだ。

船戸は卓越したストーリーテーラーだ。
アクション、純愛、暴力、ギャンブル、セックス、背徳と倒錯・・・
殺人を楽しむ異常性格、男色、父子相姦。この辺になると、ちょっと、サービスし過ぎかもだね。
人間の持つ理性と狂気を次から次へと描きだしてくる。
なんという引き出しの多さ。
満腹するのにそんなに時間がかからない。が、次の場面では、涙ぐんでしまう。
なんという転換の速さ。
私のようにフィリピンに興味を持っていない者にとっても、最高のエンターテイメントだ。
ジジイになって涙腺が少し弱っているとはいえ、三度も泣いてしまった。

船戸の物語はハードボイルドな冒険小説というのが一般的認識だ。
が、私はこの本を極上のラブストーリーと位置づける。
4つのラブストーリーが交錯して複雑な構成になっている。
悲劇で終わる恋あり、瑞々しい青い恋あり、憎しみと愛は表裏一体と感じさせる恋あり、偲ぶ恋ありだ。
後半部分の謎解きは、想定外。あっそう来たかという感じであった。
ネタ晴らしはしないが、キーワードは血の繋がり。

船戸の文章は、こなれていて読みやすい。リズムとハーモニーが感じられる。職人芸だねえ。
セブの農村部の美しい自然描写、バランガイに生きている人々の人物描写、喧騒と昂揚の闘鶏場の臨場感に満ちた描写などなど・・・
ポルノ小説まがいのセックスシーンの描写にしても、抵抗なく入ってくる。嫌らしさを感じさせない。むしろ美しい。筆力があるからなんだろうな。圧巻はラストシーンかな。

ラブストーリーと冒険活劇をを楽しめるだけじゃない。
この本は、優れたフィリピン農村ガイドブックでもある。
フィリピンの行政単位、バランガイとはどういうものか、そしてそこに住む農民はどのような生活をしているか、知識としてではなく感覚として伝わってくる。
さらにその上、分かり易い闘鶏入門書なのである。
この本を読むだけで闘鶏、軍鶏についての基礎知識が身に付く。
残酷だし、ギャンブルに興味がないって。
まあ、そう言わず、読んでごらんよ。
競輪、競馬よりも、このギャンブル、高尚で、哲学的で、かつ、人間的だぜい。

船戸は、誇張はあるものの、フィリピン社会の負の部分を容赦なく明るみに出していく。
賄賂の横行する腐敗したバランガイ選挙、強い者への媚、へつらい。弱い者へのいじめ、村八分。
社会の底辺で生きる、貧しい人間達の愚劣さ、醜悪さ、卑屈さ、そのどうしようもない生き様を鋭い筆致でえぐり出す。
と同時に世俗的権威を痛快にこき下ろし否定する。
収賄と無法の警察組織、愛と弱者救済を忘れた教会組織・・・
だが、弱者に向けた作者の視線は、基本的には優しく暖かい。
短所の裏には長所があることを作者は重々承知している。

船戸の作品は、現実に打ちのめされ傷ついた人間に勇気と癒しを与えてくれる。
若い頃の情熱と理想、ずっと持ち続けることは難しい。
人はやがてそれを忘れ、裏切り、ボロボロになっていく。
人間が丸くなった、世間がわかってきたなんて言われてね。
ホセ・マンガハスは人里離れた「虹の谷」を根拠地に、孤高のNPAとして、たった一人で戦い続ける。
それできるのは、誇り(ダカン)と希望(アサム)を失っていないから。
虹の谷はもちろんフィクションの中の架空の場所である。
でも、作者は意図していないかもしれないが、私はこう考えてしまう。
「虹の谷」はその気になりさえすれば、誰もが心の中に保持することのできるの夢と理想の保管庫。
多忙と数々の欲望の誘惑に溺れそうなとき、逃げ込むシェルター。
多くの人は、人によって違うが、若い頃の夢、理想を捨てがたい。いつかは実現したいと願がっている。
「虹の谷」はその大切な何かをこわさずに守る心の核というか、思い出したときに出撃できる心の奥深くに存在する根拠地みたいなもの。

誰もが心の中に「虹の谷」を構築し、誇りと希望を失ってさえいなけれれば、戦い続けることができるのさ。
ホセ・マンガハスのように。

船戸ワールドは、無常観と滅びの美学に裏打ちされている。
若い頃は、ハッピーエンドでなければ、心が落ち着かなかった。
でも、幸福なんて実体のないもので、しっかり手元におこうとすればするほど、するりと逃げてしまう虚像に近いものなんだと知ってしまった今は、逆にハッピーなエンディングは、嘘っぽくしらけてしまう。なんだか忘れ物をしたような・・・

船戸の物語のエピローグは、巨悪に抵抗し勝てなくても屈服しない主人公の感動的な死を描いていることが多い。
悲劇的な報われぬ死で終わる。
山田風太郎によれば、
 人生は無意味である。
 その無意味な人生をなんとか生き続けていくのが、人間のプライドなのだ。
 人生でただ一つ、意味があるものあるとしたら、それは死である。
のだそうだ。
最近になって、この意味がわかり始めた。
死というものがあって始めて生というものが存在するんだ。
船戸は感動的な死でストーリーを閉じることによって、輝かしい生のあったことを際立たせているのかな。
キリスト教では、意味のない人生はないと教える。どんな人の人生も神の賜物。それぞれが比類ないマスターーピース。
だが、待てよ。
無意味ととらえるも、意味があるととらえるも、同じことを言っているんだ。
人の命の重さは皆同じである。冷酷な殺人者のそれも清貧の聖者のそれも変わりない。

「虹の谷の五月」は、船戸の作品としては珍しく、未来を感じさせる明るい終わり方をしている。
トシオとメグとジミーは、まだ生き残っている。新しい展開を期待させる。

不正に立ち向かうDNAを有するトシオ青年を待ち受けるものは?
クイーンの養女として横浜で生きるメグはどう生きるのか?
貧しき人のための裸足の医者を目指すジミーは願いを成就できるのか?

作者は続編を用意しているような気がする。
日比両国を舞台にした、さらなる活劇とラブストーリー。
願わくば、私が生きているうちに書いてくれよ。船戸さん。
楽しみにしているけん。
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by tsado4 | 2006-03-06 09:19 | フィリピン関係の本の書評
(出版社) 太田出版 1600円 
(お薦め度)***

もう、うんざりだ。
これでもかこれでもかとフィリピンの否定的側面を大衆週刊誌風に面白おかしく語り続ける。ストーリー・テーラーとしては油が乗っている。

アウトローの世界、人格のない下半身の話は、ほとんどの男達は嫌いではない。そういう話に顔をしかめるような奴は偽善者っぽく嘘っぽく、私とは違う人種である。面と向かっても5分と話がもたないだろう。
でも、そういう私を惹き付ける下世話な話も際限なく語られると、私といえども辟易する。

確かに、フィリピンに何の後ろ盾もなく定住している日本人に胡散臭い人が多いのは百も承知だ。そうしないと生きていけない現実もあるんだろう。元新宿ボーイの私はそういう人達になんの抵抗感もないし、同じ匂いを感じてしまう。
胡散臭いと言えば、大企業の駐在員だって同じじゃないか。企業の本質を考えればやっていることにたいした差はない。自分達は、手を汚していない、一段高いところにいると勘違いしている脳タリンも多い。何をか言わんやだ。

私はそういう日本資本主義帝国の先兵達とあまり関わりたくない。向こうはもっと関わりたくないだろうけれど。会社のの仕事の虫達と、隠居生活を静かに受け入れようとしている私とでは、意識が全然違うし、共感し合う接点なんかない。
ちっぽけなエリート意識とつまらない虚栄心を懐に自己保身と出世に汲汲としているサラリーマンの輩などは日本であきあきしていたのに、フィリピンに来てまでイライラしながら付き合うことはない。

これからフィリピンに定住を志したり、ロングステイを考えている人はこの本を一読することは意味がある。
フィリピンの負の部分を認識し甘い気持ちを幾分かでも払拭できるというか、フィリピンに住む心構えのようなものが幾分かでも獲得できるかもしれないというか・・・
かといって、あまり気にし過ぎてもいけないね。売らんかなということで、誇張して書かれていることも確かなのだから。

この本を要約すると「毒も適当な量飲めば薬になることも多い」というところかな。
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by tsado4 | 2005-10-01 07:25 | フィリピン関係の本の書評
(出版社) 女子パウロ会  1600円
(お薦め度)****  
子供、貧困、純真な魂。
禁じ手だよな。感情失禁で、涙腺が弱くなっている私は、読みながら何度泣いたことか。
東京ドームシティのカフェデンマークでよく本を読むが、その度に隣りの女性に好奇の目で見られてしまった。

このルポルタージュは、吉祥寺で始まっているが、吉祥寺は、私にとっても、東京の生活が始まったといっても良い、思い出深き街だ。
私は今でも、それまで味わったことのない、言い知れぬ寂寥感、孤独感に打ちのめされた日のことをはっきりと覚えている。4月の天気の良いうららかな春の日、その日、私は、なぜか思い出せないが、井の頭線の三鷹台駅で電車を降り、吉祥寺まで井の頭公園を歩いていた。その春、望み通りのの大学に入ることが出来たし、どちらかというと、順風の中にいた。外界の穏やかで楽しげな風景とは対照的に、心の底は充足感とは程遠い、どこか満たされぬ空虚感、何か欠けている喪失感が占有し始めていた。悩み多き青年への脱皮の瞬間だったのかも知れない。考えてみると、この歳になるまで、この心の中核にあいた穴を埋めようと、40年間、あがき続けきたのだ。必死に何かを追い求めながら、それが何かわからず、酒を飲んで馬鹿騒ぎをし、いろいろなものに手を染めてきた。もう遅いというか、やっと間に合ったというか、還暦間近になり、なんだか穴を埋められそうな気がする。

松居氏が午後3時の男なら、私はさしずめ午後7時を回ってしまった男だ。昼下がりの憂愁に思い沈む氏に対して、陽の沈んだ薄暗がりの中で、迫りくる暗黒の深淵に恐れおののく男ってところか。焚き火を囲んだ夜の宴があらんことを期待する。

書評を書かずに、己のことばかり書いているって、いいんだよ。どうせ、何を書いても、露店のサクラよろしく、「買った!」とか「いいな。それ」なんて、叫んでいる輩に見られてしまうのだから。

筆者は、確かに、子供の中にキリストを見て、子供たちから力をもらった。
子供達の一人一人が持つ、それぞれの履歴、その厳然たる事実に、圧倒されてしまう。この本で最も心を打つ部分だ。物質的に満たされた日本でのほほんと生きている者は打ちのめされてしまう。
彼が後書きで主張していることは、私が今考えていることとほとんど同じ(ちょっと、ずるいか)。ぜひともこの本を読んでもらいたい。生ビール、2、3杯を飲んだと思えば、安いもんだ。胃の中が洗われるのではなく、心の中が洗われるのを請合うよ。
筆者は、こざっぱりした身なりの初老の男たちの孤独に何度も言及している。
現実の生活に疲れ果て、人生に生き詰まりを覚え、ぼんやりと公園にたたずんでいたり、ネオン街の酒場で憂さをはらしているようなら、筆者のように、ハウスオブジョイにボランティアに行くのもいいよなあ。もっとも、子供達に魂を救済されにいくのだから、子供達の未来のために、たっぷりとお布施を持っていくのですぜい。

やっぱり一つだけは、ケチをつけておこう。最後の山行記録、あれは「サンバギータの白い花」というタイトルにつながる大切な部分とは知りつつも、入れない方がよかったよなあ。あれはあれで、魅力のある内容ではあるのだが、独立したものとして、他で発表してもらいたかった。この本の流れを損ない、盛り上がった気持ちが、冷める感じがした。
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by tsado4 | 2004-09-09 10:30 | フィリピン関係の本の書評
(出版社) アートヴィレッジ 1500円 
(お薦め度)**** 

副題に「シスター海野とフィリピン日系人の100年」とある通り、大きく2つの内容に分けられる。
平凡な修道女、海野は、60歳を過ぎて、大変なことをしでかした。人生で一番、輝いた時を過ごした。「命のある限り、今、できることをやる」生き方は、健康に気をつけてなんとなく長生きしている人間への強烈なカウンターパンチ。
とにかく、シスターの生き方は、歳をとってしまったと気力が萎えかけている私のようなダメ男に大変な勇気を与えてくれる。何をすべきか方向性を指し示してくれる。彼女のパッション、ミッション、アクションに触れるだけでも、この本を読む価値がある。偉人伝になり過ぎている点と、彼女の信仰の部分が今一つ書ききれていない点が、ひねくれ者の私には不満と言えば不満だ。
ベンゲット道路建設等のため、フィリピンに赴いた出稼ぎ労働者の子孫など、バギオ近郊に多くのフィリピン日系人が存在し、彼等が、日本軍とアメリカ軍、フィリピン軍の間で第2次世界大戦の戦中、戦後、大変な苦労を強いられた。その辺りの事情がよくわかる。フィリピンに暮らすのなら、それくらいの歴史は理解していた方が良いだろう。

この2点以外の部分は、読み飛ばしても良いだろう。
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by tsado4 | 2004-08-31 21:52 | フィリピン関係の本の書評
(出版社)大田出版 1500円
(お薦め度)**** 


いつもながら、浜なつ子の文章力、ジャーナリストとしての目のつけどころ、下世話な材料で本質にズバリ斬りこむ、話題・材料の料理の仕方に感心させられ、今回もついつい文章に引きこまれ、一気に読んでしまった。
フィリピン人の女房と約20年連れ添った私が普段それとなく感じていたことを、歯切れ良く顕在化する筆力に感嘆する。
浜なつ子ファンなのだ。タイの下川裕二に対して、フィリピンの浜なつ子というところか。
社会的に地位のあるエスタブリッシュメントも、社会に是認されがたいはみ出し者も、同じ眼の高さで見ていく。先入観にとらわれない、どんな人間をも公平に温かく慈しんで見つめる彼女の人間に対する愛情が伝わってくる。毒はあるが・・・
彼女がフィリピンに対して、いくら毒舌を吐いても許してしまう。彼女がフィリピンが好きなのがよくわかるからである。そのフィリピン人評の的確さには、女房ことが頭の中をかすめ、時々苦笑させられる。
フィリピン年金暮しを志すジジババには、彼女のサジェスチョンは実に的確だ。私もそのひとりなのだが・・・・
私も、フィリピンのいい加減さ、何が起こるかわからない不確実性を、愛してやまない一人なのである。
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by tsado4 | 2004-08-04 21:43 | フィリピン関係の本の書評