日頃それとなく感じている思いをそこはかとなく書きつくる雑記帳というか、駄文集というか、落書き帳というか・・・


by tsado4

蘭園の告白(その4)

   ・・・・・・・・・・7・・・・・・・・・・
男なんてはなから信用していないわよ。
17歳のとき、最初に死ぬほど好きになった男。並みのハンサムは彼の横に立つのを嫌ったわ。背が高くて目が澄んでいて普通に動作しても優雅に見えてしまう男、つまり、ジーナの父親は特別だった。信じていたわ。だから、他の女に心を移したのを知ったとき、刺しちゃったのよ。そのとき、あたし、確かにどうかしていた。尋常な神経ではなかったわ。大人になった今のあたしなら、許せていたのかもしれない。でも、世間知らずで高慢で潔癖で一本気な、少女を卒業したばかりの女はひどく傷ついたの。自分は振られることのない特別な存在と思っていた。死にたくなったわ。他の女といちゃいちゃと仲良くしている裏切り者を抹殺したかった。朦朧とした無音の暗い悪夢を見ていたのかしら。気づいたら、刺しちゃっていたの。あたしの男不信の原点よ。
あたし、男に不自由したことはなかった。あたしが好きになれば向こうも好きになってくれていたわ。
22歳になるまでのあたしなりの美学と哲学。若くてハンサムな男としかつきあわなかった。いくらお金持ちでも容姿の水準以下の男とはつきあわなかったわ。
いくらわがままを言っても、男達はあたしの機嫌を取ったわ。皆、あたしをものにしたくて猫撫で声で優しく話し、優雅に振舞う。あたしを抱きたくて無理してお金を使って、調子のいいことばかり言う。でも、あたしがいったんなびいた後はがらりと態度変える奴が多かった。だんだん傲慢になっってくるのよ。嫌でも男の本性を知ったわ。自分の女と勘違いして所有物みたいに取り扱い始める。ふざくんじゃないわよ。あたしが男のペットになると思う? 男が冷めたと言うけれど、あたしの方がとっくに冷めてしまっていたわ。
試しに一度不細工なお金持ちのボンボンとつきあったことがある。がっかりしたわ。お金で女は自由になると自信たっぷり。欲しいものを何でも買ってやると言い、その割りには吝嗇。どこそこの有名人と付き合いがあるだとか、自分がこれこれの名門の家柄であるだとか、自慢たらたら。吐きそうになったわ。金輪際、容姿のさえないださい男なんて無視しようと決めたわ。
さすがに、お店に勤めるようになってからはそうもいかなくなったわ。規格外の男でもお客はお客。規格外の男もなかなかのものだとそのよさもわかってきた。あたしって、井の中の蛙だったのね。容姿の水準以下の男、年上の男ともつきあうようになった。でも、皆、紳士的で優しく嫌な思いはしなかったわ。お客に恵まれていたのかしら。でも、しっかり営業と割り切っていたわ。始めてポリシーを破って、一腺を超えたのが隆志。なぜだろう。
出会いも出会い。知り合ったときから私の家庭の事情が筒抜けで、色恋ぬきで励ましてくれた。相談相手になってくれた。なんでも気軽に話すことができたわ。悪ぶっているけれど底抜けに明るい憎めない男。むしろ、その明るさの背後から漂ってくる寂しさに同情したのかな。

優しいことを言ってくれたけど、隆志も東京に戻ったら、気持ちが変わるんじゃないかしら。今までの男と同じように。不安になるわ。そのときはそのときよね。今は隆志の言葉を信じることにするわ。少なくとも、あの人、先のことを考えずに嘘をつくような軽い男じゃないことはわかっている。かけてみるわ。裏切られたら、今度ばかりは立ち直る自信がないけれど。あたしの人生、最大のばくちよ。ママ、助けてね。見守っていてね。


「今すぐにでもマニラで君と一緒にくらしたい。けど、そうもいかないんだ。僕は今現在のことだけを考えて行動できるほど若くはない。後8年、日本で働けば、日本の年金の受給資格がもらえる。そうしたら、大手を振ってマニラに来るよ。それまでは、今まで通り、僕が2ヶ月に1度ほど、マニラに君達に会いにくる。君がよかったら、しばらく三人で一緒に日本に暮らさないか?」
「そうね。姉が働けるようになったら、それも良いかなあ。あたし、外の国も見てみたいわ」
「でも、その前にまず結婚しなければならないな」

隆志は、あたしの方を向いてわざとらしく膝まづきあたしの手を取って、あたしの瞳をまっすぐに見つめて厳めしい顔をして言ったのよ。周りの人達に恥ずかしかった。けど、うれしかった。周りの風景なんか視界からすぐに消え去っていたわ。
「コーラさん、お願いします。僕と結婚してください。君とジーナを一生、大切に守ります」
「どうしようかなあ。隆志、若くはないよね。一生、守るって、来年あたりポックリ亡くなっちゃうってことないわよね」
「大丈夫。絶対に生きる。君がしわくちゃのおばあさんになり、僕がパンパースをつけて寝たきりになるまで執念で生きてやる。あれえ、それって僕の方が守られているのか。そのとき、コーラ姫は僕のパンパースの取替えてくださいますか」
「隆志の態度次第よね。ジーナに押し付けちゃっているかもよ」
「うわあ、きついなあ。でも、それって、僕と結婚するってことが前提だよね。それでもいいや。コーラさん、もう一度、お願いします。僕と結婚してください」
「そうね、いいわよ。こちらこそ、よろしくね」
「よかった。これから忙しくなる。早速、手続きについて調べよう」
隆志の顔がぱあっと明るくなり、輝いて見えたわ。隆志って、時々単純で子供みたいなんだから。これから訪れる私達の未来を思い描いて酔っているみたい。あたしも、精神的にも肉体的にもぎりぎりの綱渡りの生活から解放される確信を得てほっとしたわ。もう、一人ぼっちで戦わなくていいのよね。これからは二人なのよね。

「コーラ、ジーナの病状が安定したら、ジーナのの妹か弟を作ることを考えてくれないか。もちろん、ジーナは僕の娘。これからも大切に育てていく。差別する気持ちなんてこれっぽっちもないよ。でも、正直なところ、僕達二人の血の繋がった子供も欲しいんだ。理解してくれるかな。僕、両親にずっと親不孝をしてきた。姉が一人いるけれど、一生、独身を通しそうなんだ。だから、どうしても孫の顔を見せてやりたいんだ」
「あなたの言うこと、わかってよ。心配しないで。ランちゃんだったわよね。喜んで産むわよ。なんなら、1ダースくらい産んじゃってもいいわよ」
「ワーオ。それは楽しそうだけど財布の方がもたないと思う。でも、ありがとう」
「隆志とあたしの共同制作よね。素敵なもの、作りたいわ」
「その作品、コーラは顔とスタイルの方を担当してくれないか。僕は専ら頭の方を担当するから」
「嫌よ。あたし、隆志そっくりの男の子も欲しいもの」
「男の子なら、まあ、いっか。でも、僕と瓜二つの女の子だけは勘弁してほしいなあ」
あたし、子供、大好きなの。できれば、5、6人、欲しいわ。隆志、責任感は強いから、作っちゃえばなんとかしてくれるわ。あら、あたしも、見かけによらず頑張りやなのよ。頑張っちゃうんだから。

午後3時を回った頃、アリストクラトを出たわ。ジーナはお店の前の駐車場に駆け出し、手をヒラヒラさせながら、くるくる回りだす。この頃、よく見せる理解できない動作なの。ちょと眼を離した隙に、道路の真ん中に走り出していた。そこに信号待ちをしていた車がいっせいに発進してきたの。車のクラクションが鳴り、その音に脅えたジーナは道路の真ん中で立ちすくんでいる。あたし、心臓がとまりそうになったわ。悲鳴を上げたと思う。連れ戻しに駆け出そうとした。その前に隆志が動いたの。大きく手を振り回し、大声で何か叫び、車の注意を引きながら、ジーナのところに突進していった。ブレーキの音。恐怖で泣き喚くジーナをしっかり抱き上げている。あたし、パニックになっていたわ。一連の動きがコマ落しの映像のように見えたの。気がつくと、隆志が車を制しながら、震えているジーナを抱きかかえて近づいてくる。あたしも震えていたわ。涙声になっていた。
「ありがと・・・ 隆志。あなたって、いざっというとき、頼りになる人なのね」
「今頃、気がついた? でもさ、コーラ。抱き上げて、震えながらしがみついてくるジーナを感じた瞬間、ジーナが僕の子になったと思ったよ。感動しちゃった。この子と一緒に生きていくんだ。強い絆を感じた。なんか、こう、生きる力が湧いてきたんだ。僕はもう一人じゃない」
隆志がなんだか涙ぐんでいるような気がしたわ。あたしも鼻の奥の方に熱いものがこみ上げていた。堰が切れると止まりそうもないから眉根を寄せてやっとがまんしていたわ。
「隆志・・、好きよ」
長い間、男に封印していた言葉をつぶやいていたの。あたし、こんな年上でこんな不細工な男が好きになっていたんだ。もう認めるしかないわ。隆志は私の顔を覗き込み、あたしの眼を見つめて言ったわ。
「コーラ、僕は、その百倍くらい君が好きだよ」
「嘘つき! あたしの百倍だったら、あたしのために死ねるわよ」
「死ねるよ」
ぼそっと言った。冗談に聞こえなかった。隆志、好き、好き、好きよ。声には出さなかった。でも、あたし、もうどうかしてるわ。好き、好き、好き、大好きよ。こんな気持ちになったの、あの男、あの刺した男以来よ。

「あの建物、教会だよね」
「そうよ。マラテ教会よ」
「僕、神様に聞いてほしいことがあるんだ。今、中に入れるかな?」
「ミサはしていないと思うけど、入れるわよ。隆志って、クリスチャンなの? 初耳よ」
「いや、バリバリのブッディスト。ハハハ。嘘、嘘。いい加減なブッディストさ。日本の普通の仏教徒って、皆いい加減なんだ。お葬式のとき以外、ほとんど関係しないんだよ。フィリピンでは、君の信じている、教会の神様にお祈りしたいんだ」
「何をお祈りするの」
「ヒ・ミ・ツ。後で教えてあげるよ」

マラテ教会は情緒のある石造りの古い教会よ。アリストクラトからは、広場をはさんで50メートルほどの距離。デル・ピラールとリメディウス・ストリートの角に位置している。
ジーナを抱いた隆志の腕に手を回し、隆志の横顔をちらちら見ながら、教会まで歩いたわ。こんな気持ちで、これからの人生、ずっと歩み続けたい。切実に感じていた。

聖堂の中は、ミサにあわせて、人々が集まりだしていた。
隆志は、信徒席に座り、両手を胸の前で組み、眼を閉じて、眠そうなジーナを抱いたあたしの隣りで、三十分ほど、一心にお祈りしていたわ。この人、神様を信じているのかしら。少し不思議だったわ。
あたしは平和で満ち足りた気持ち。幸せっていうのはこういうことなのね。あたしの人生、捨てたもんじゃないわ。

教会を出て、近くの珈琲店に入る。ジーナは疲れきって隆志に抱かれて寝ていたわ。
「さっき、神様と約束したんだ。僕は自分を変える。僕は自分のためではなく、君とジーナのために生きる。すべてを犠牲にする。それができないときは僕は滅んでもいいと」
「いやよ。あなたが滅ぶなんて。そんなこと、絶対に、あたし、許さないから」
「何かを失うことは何かを得ること。この言葉、僕、大好きなんだ。コーラはどう思う?」
「あたし、頭悪いから、よくわからないわ。ゆっくり考えてみるわ。あたし、この1年くらいでたくさんのものを失った。でも、今、あなたとあなたとの新しい生活が始まろうとしているわ。そういうことかな」
「そうだよね。で、今はこうも思うんだ。何かを与えることは何かをもらうこと。僕はずっと他人から奪うことばかり考えていた。その結果、何のために生きているかわからなくなっていた。生きる気力を失っていた。うれしいとか悲しいとか、そんな感情すら僕とは無縁だった。感情のない息をしている死人だった。僕は君達のために生きる。すべてを犠牲にする。その代わり、生きる勇気と平安で静かな時間が手に入るような気がするんんだ」


隆志、あなたのそんな気持ち、とてもうれしい。あなたと遭う前のあたしも、ボロボロになっていたわ。もう少し何かひどいことが起こっていたら、あたし、壊れていたと思う。神様って、慈悲深いのね。ギリギリのところで、あなたに遭うことができた。あなたに遭えなかったらと考えると、ぞっとするの。荒んだ心になっていたもの、生きているかどうかももわからないわ。
今、こうして未来に希望を持つことができるようになり、充実した静かな日々を送ることができるようになり、本当に感謝しているわ。

あたしも考えてみるわ。

  何かを失うことは何かを得ること。
  何かを与えることは何かをもらうこと。

隆志が私にくれた大切なプレゼント。大切な言葉。
あたしのこれからの人生の宝石にするわ。
[PR]
by tsado4 | 2007-10-18 09:51 | (創作)蘭園の告白