日頃それとなく感じている思いをそこはかとなく書きつくる雑記帳というか、駄文集というか、落書き帳というか・・・


by tsado4

蘭園の告白(その3)

    ・・・・・・・・・5・・・・・・・・
コーラのお店「ミュージックラウンジ・バタフライ」に同伴出勤する予定だった。カラウ・アーべニューの車の流れの途切れを待ちながらながら言った。
「コーラ、ご免。今夜は君のお店に行く気持ちになれない。君のことや僕のこと、二人の将来についてじっくりと考えてみたいんだ。いいだろう」
「そうね。その方がいいかもしれないわね」
デルピラール・ストリートの彼女のお店に行く途中に「ホビット・ハウス」というライブハウスがある。睡眠薬代わりに軽く飲んでいくことにする。ライブハウスの円形の扉の前で、コーラの肩を両手で固く挟んで抱く。
「明日はお仕事、お休みだったよね。早速、君のジーナに会いたいな。できるかな?」
「多分、大丈夫よ」
「お昼前、電話する。じゃあ、また明日ね」
「お休みなさい。あまり飲まないでね。早く帰るのよ」
廻り始めた運命の歯車は、予想を超えた速度で回転し始めている。加速度がついていた。あまりの流れの速さに不安を抱いている自分と気持ちの昂ぶりに浮かれている自分が同じ自分の中に同居している。隆志は混乱していた。客観的で冷静になる必要がある。

ステージでは、中年の女性歌手が身を反らせマイクを振りかざしてシャウトしていた。カウンターに座ってサンミゲール・ビールのドラフトを注文する。ビールをゆっくり味わいながら、今日、起こったことを思い返す。予感は的中した。運命の赤い糸という古臭い言葉が思い浮かぶ。
今夜のビールはやけに喉頭に沁みやがる。
カウンターの斜め向かいから、その筋の女性が流し目を送ってくる。微笑みながら手で制する。いつもならギラギラと好色な興味を示すのに、今夜は余裕だ。心に波打つものが何もない。
女性歌手の魂を揺さぶる迫力ある歌唱。闘ってきた齢の分だけ深みを感じさせる。嫌なこともつらいことも悲しいことも楽しいことも皆、忘却の彼方・・。俺も闘ってきたさ。
ステージが二重に見える。瞳に涙が滲んできているらしい。
俺は自分が思っている以上に感傷的な男なんだ。チッ。

・・・・・・・・・・・
俺はいわゆる面喰いさ。
顔立ちとスタイルとセックス・アピールで女性を判断する。何か悪いかい。何か不都合かい。
生活がだらしなくとも気にしない。知性に欠けていても全く構わない。
俗にいう軽い女、乱れている女、大好きさ。身持ちの堅さ、真面目さを看板にしている女よりもよほど性に合う。
女の子を選ぶ上で、外見的魅力と性的魅力が、妥協できない絶対的な要素なのだ。
蓼喰う虫も好き好きやろ。他人の嗜好に文句をつける筋合いはないぜ。
    
女性を判断する世俗の陳腐な道徳的基準なんか糞食らえさ。純潔を保持する。貞操を守る。笑わせるな。そんなシーラカンス的な観念、支配者どもが自分達の都合で生み出してきた「女性を支配しておく意識の上の貞操帯」じゃないか。貞操とか純潔とかいう言葉は、社会の真ん中あたりの階層にいる人間、つまり、何かしら守るべきものを持っている人達が好んで口にする。深く考えようとしない女ほど、そんな観念を後生大事に身につけて安心している。上の階層でも、自立した女、考える女、自信のある女達はそういう自分で自分を縛るような観念を馬鹿にし拒絶する。下層階級の女性達は、たとえ教育がなくとも、本能的にそういう観念の欺瞞を見破っている。

日本は富める者と困窮する者に二極化し始めているている格差社会に向かっているって。とんでもない。俺的偏見で言わせてもらうと、貧富の差の前に、異性選択におけるカースト制度はもうしっかり確立されてしまっている。異性を選ぶ上では、容姿、学歴、仕事、収入、将来性などが細かく点数化され、ヒエラルキーが強固にできあがっている偏差値社会。それが日本の実情さ。その位階を飛び越えることは容易でない。暗黙のルール、了解の下で、男と女は釣り合いのとれたカップルが誕生する。それに妥協できない男も女も弾き飛ばされ、独身として取り残される。俺みたいにな。

俺のような平凡で不細工な男が、人目を引きつける美しい女を獲得しようとすると、よほどの金持ちであるか、将来が約束されたブランド職種に属していなければ、宝クジを買うようなもの。千載一遇のの強運を祈るだけ。
だから、身分相応な女を選ぶように妥協を迫られる。だが、俺は頑固だった。女の容貌・容姿だけは妥協せずにこだわった。
俺にとっては、そこで妥協することは、精神的に自殺することと同じだった。この強固な男女選択におけるカースト制度を乗り越えてやる。挑んだ。挑んだ。挑んだ。そして、絶望した。

犯罪に走って、大金を掴むという誘惑にも誘われた。が、その領域には踏み込まずにすませてきた。
親父は釣りと囲碁が趣味の堅い地方公務員。保険会社に勤める姉が一人。絵に描いたような平凡で退屈な4人家族。
面白くもない日常を静かに平和に暮らしている、典型的な小市民的生活。
そんな家族を悲しませることだけはできない。それが家族に対する最低の仁義だった。
そして、俺はというと、可もなく不可もない中堅どころの私立大学を、これまた可もなく不可もなく卒業。現在、上場会社の現場の技術員。なるべくまとまった休日を取れる部署への配置転換を希望し実現し、そこでの仕事はきっちりとこなし、仕事仲間からの信頼は篤いと思っている。

俺が二十代で同棲していた女は俺が出世の見込みがないという理由で離れていった。女は現実的な動物と思い知った。落ち込んだかというとそうでもない。落ち込むほど好きでもなかったし、これで自由に遊ぶことができる、束縛から解放されたと、逆に胸を撫で下ろした。

三十代は、仕事に打ち込んだ。そして、遊んだ。はるかにいい女を娶って、形の上では俺を捨てた女を見返してやると誓ったものの、齢を重ねるに連れて伴侶獲得レースの厳しさ、難しさが身に沁みる。次第にレースに敗北のムードが漂い始める。焦りを感じ始めていた。
でも、俺は頑なだった。どんなことがあっても、いわゆる見栄えの良い女にしか惚れなかったさ。結果は言わずもがな。ことごとくリングに沈められゴングがなった。
始めのうちは名誉ある敗北者で済んだ。やがては惨めな敗北者となりプライドがずたずたに打ち砕かれた。持ち前の敢闘精神でファイティング・ポーズはとったものの、その度ごとにダメージを金属疲労ののように蓄積した。何時ポッキリ折れても不思議はなかった。

四十代に入ると開き直った。経済的に少し余裕もでき、俺好みの女性とつきあうために、稼いだ金の大半を費やして水商売の女性と擬似恋愛を愉しむようになった。キャバクラに、外国人パブに通いつめるようになったのも、二月に一回ほど、国家間の経済格差を利用してフィリピンを訪れるようになったのも、この流れに沿ったもの。俺の中では必然的な流れだった。ほかに使い途がなかったから、使った金はもったいなくはなかった。
連れ合いをもらい家族を作るという選択肢はあまり考えないようにしていた。
国外に踏み出してしまえば、何のことはない。絶望に一縷の望みが湧いてきたさ。
国の間の格差を利用して自分好みの女と付き合って何か悪いかい。やましいことは何もない。日本でも、昔からずっと東北等の貧しい地域の女性達が水商売に従事していたのは変わりない。水商売の世界もグローバル化しただけのこと。客もボーダーレスに動くのも時代の流れさ。

俺は本質的には真面目人間。親父のDNAを受け継いでいる。ただ持ち前の反骨精神から、女好きの遊び人を偽悪ぶって演じ続けてきた。四十も半ばにもなると、偽悪者として行動するパターンにも疲れていた。刹那的快楽を愉しむ。若いときは、下卑た言葉で言うと、「やれれ」ばよかった。「やれ」ば人と結びついていると感じることができた。が、五十歳を目前にした今は、「やる」だけでは満たされぬ何かを感じ取っている。将来への漠然とした不安と結びついている何か。生き方を変えなければならないと思い始めていた。
閉塞感という牢獄の囚われ人となってしまった。
もう哀しきクラウンを演じることに終止符を打とう。でも、何時、どんな形で。それが問題だった。今までの自分の信念と張り通した意地と仲良く折り合うことのできる形と理由づけが必要だった。

俺は仕事仲間には個人的なことを極力言わないようにしている。が、秘密はどこからともなく漏れるもの。性悪のフィリピン女にはまっている。騙されて金を巻き上げられていると陰口を叩かれていたのも知っている。皆、憶測だけで、悪意に満ちた固定観念だけでものを言っている。実際には何もわかっていないくせに。
どう思われても関係はないさ。俺が望むものが手に入りさえすれば。
打算と自己主張の強い女達にはうんざりしている。日本の女は怖い。もはや強度の日本の女性恐怖症だった。

舞台の女性シンガーはアップ・テンポからスロー・テンポに曲調を変えた。ジョッキでビールを飲みながら退廃の雰囲気を漂わせ、哀しみを置き去りにするかのようにと歌い続ける。皮膚はたるみだしているものの、その整った顔立ちからは往年の美形が容易に偲ばれる。昔、男達をその魅力で虜にしたことを想像するに難くない、中年太りの身体から繰り出されるハスキーな歌声。しっとりと心の中に滲み込み、ねっとりと心の襞にからみつく。心の最深部から熱いものがこみ上げてくる。

日本は息苦しい。モノが溢れ、政治的自由もある。文化的生活とかいうやつもほどほどに努力すれば手に入れられる。なのに、日本にいると酸欠状態に陥る。なぜだ?
何もかもがハチャメチャでいい加減なフィリピンに来ると、なんとも言えない安堵感を覚える。癒される。なぜだ?
日本では常に他人との距離を推し測り身構えて緊張している。フィリピンに来ると酸素ボンベから酸素が送られるように生き返る。なぜだ?
とにかく、日本は空気が薄い。なぜだ?
自分でも、うまい解答が見つけられず、納得できないでいた。

が、最近、少しずつ気づいてきた。俺が変わっているんだ。
日本はギスギスした経済効率優先社会。
日本は金のためには魂さえ売りかねない拝金教社会。
日本はもう出来上がっってしまっている硬質の社会。
そんな社会で生きることにあきあきしてしまった。息苦しくなったんだ。
そんな社会で闘うことから卒業しかかっている。
そんな社会での存在理由が希薄。アイデンティティがつかめない。疎外されていると感じる。未来に希望がもてない。
上昇志向はもういい。俺は日本の社会から既にはみだしている。心身ともに適合できない状態になっている。
競争社会から離脱する願望を抱いてしまったようだ。
このままでは生きる意欲が次第に失われ、死に向かって一直線に下降していきそうでならない。
ヘルプ・ミー!

貧しさと不幸は同義でない。豊かさと幸福も同義ではない。
フィリピンで過ごす時間が長くなると、実感できる。
幸福は努力して獲得するものではない。優越感等の他人との比較の上に成り立つものでもない。
自分の中に存在している。それを発見するには、柔軟でしなやかな、ゆとりある心が必要なようだ。
言い換えると、幸福とは自分の中にしなやかで柔らかな心の状態を保つことだなのだ。

誰かと繋がっていたいという切なく願う。
気持ちの通じていない女と情交するほど寂しいことはないとつくづく感じるようになった。
優しい女の寝息を感じながら、隣りで静かに休みたい。
女を支配するのではなく、女と共生するんだ。

待ち受けている人生の孤独から逃れたいという焦り。死の恐怖とは違う将来への漠たる不安。
もう孤独には耐えられない。
守ってやる家族が欲しい。自分を必要とする家族が欲しい。
喜びを倍にして共有し、悲しみを半分にして分け合う連れ合いが欲しい。
夢を共に追いかける伴侶が欲しい。
が、悟った。願って獲得しようとばかりいる自分。そんな身勝手な奴には神様は幸せを配分してくれないと。

そして、新しい境地に突き抜けた。
「自分のためではなく他人(ひと)のために生きるんだ。自分の中にある幸せを見つけるために・・・」



   ・・・・・・・6・・・・・・・・
午前10時ぴったり、コーラの携帯がなる。几帳面な隆志からとすぐわかったわ。
「コーラ、お早う。ご機嫌はいかが?」
「絶好調よ。ジーナと二人で出かける用意をしているところ」
「どこで会おうか」
「どこでもいいわよ」
「マラテのアリストクラトってお店、知ってるよね」
「もちろんよ。ジーナ、あそこのチキン・バーべキュー、大好きなのよ」
「よかった。じゃあ、そこで12時半、どうかな」
「いいわよ。でも、間に合うかな」
「大丈夫。たっぷり待たせてもらうから」
「そう、じゃあ、たっぷり待ってね」
「お姫様、二人と会えるんだよね。気持ちが舞い上がっているんだけど・・」
「あら。途中で車にはねられないでね」

「アリストクラト」はロハス・ブルバードにあるチキン・バーべキューが人気のレストランよ。
たっぷり待つと優しく言われると意地でも待たせるわけにはいかないわ。
道路が思っていた以上に混んでいて、12時40分過ぎ、お店に到着。あたしは動きやすい普段着。ちょっと、露出度が高いお色気仕様なんだけどね。近所に出かけるときの格好よ。モスグリーンのTシャツにジーンズ。隆志に普段の私を見てもらいたいの。一張羅の白いワンピースを着せたジーナの手を引いて広い店内を探しまわったがなかなか見つからない。ロハス・ブルバードの入り口に近い目立たない席の方へ眼をやると、たっぷり待つつもりなのか、隆志は2本目のサン・ミゲールをビンから直接に飲んでいる。手を振る私を見つけると、うれしそうに手を振り返し微笑んできた。この笑い顔が好きだ。遊び人でひどい男なんだと悪ぶって言うけれど、この笑顔を見れば、そんなこと、嘘だってすぐばれるわ。あたし、頭はよくないけど、勘は鋭いのよ。でも、おかしいわ。あたし、こんな年上で不細工な男に魅かれ始めている。今までなら、ありえないことよ。近づくと、初めてのものを見るように、ものめずらしそうに私をぶしつけに見回してくる。無礼な奴。でもないか。あたしの計算通りなのよね。

この3年くらいの間に、いろいろなことがあったの。大変な経験をしたと言っていいわ。
恋に落ち初めて心の底から愛した男への刃傷沙汰。肺癌を患ってやせ細って死んでしまった母。
母の死から1ヶ月と立たないうちに、今度は母の看病で無理をし続けたいた上の姉が心臓の病で倒れてしまった。
下の姉は、4人の子を持ち、遠く離れたミンドロ島で暮らしている。
その姉からの経済的援助がわずかばかりあるものの、ジーナと病気の姉とその3人の子供達の面倒を直接みるのは私しかいないの。それまでは、母と長女に頼りきり甘えん坊の末っ子だったのに、いきなり重い責任がずしりと両肩にのしかかってきたの。パニックだったわ。でも、あたし、これでも気が強くて頑張り屋なのよ。嘆いている暇もなかった。やれるだけのことはやってきたの。
自分ひとりで考えて生きていく事への不安。5人の面倒をみる重圧。大変なものだった。もういい加減な生き方はできないと、自分で自分の心にムチ打ったわ。
バゴンとご飯だけの食事が続くこともあった。姉の上の子、二人は、15歳と13歳の女の子。二人を引っ張って、励ましながら協力してもらってなんとかやってきたの。姉が人望があったから、近所の人たちがいろいろ助けてくれたわ。
悪いことって続くものなのね。ジーナの様子がおかしいから医者に連れて行ったら、自閉症と診断されたの。そう言われても、どうしたらいいかわからない。頭の中が真っ白だったわ。それよりもその日の食い扶持を稼ぐのに必死だった。

客観的に見てジーナは文句なく可愛いと思う。でも、普通の子とどこか違うの。変なの。母である私に視線をあわせようとしないし、あやしても笑わない。他の子供にほとんど興味を示さないし、あたしが何かをさせようとしても全く無関心で、ただただ自分の好きなことや好きなものにのめりこんでいるだけなの。音や光に反応して、時々気が狂ったように泣き喚くし、暗がりを異常に怖がるの。
疲れきって帰っても、将来が不安で不安で、気持ちが休まることがなかったわ。

「隆志、待った? こちら、ジーナよ」
「ジーナちゃん、こんにちわ。可愛いんだね。お人形さんみたい。おじさん、お友達になりたいな。仲良くしてね」
ジーナはあたしの洗い晒しのジーンズの足にしがみついたままで一言も発しない。人見知りはしてしないが、全くの無関心。いつもの通りだ。
「ジーナ、少し変なところあるでしょ。三歳なのにまだ言葉が出てきていないの。発育も普通の子より相当遅れているのよ。私が男にうつつを抜かし、この子の面倒を何も見なかったからよ。きっと、神様がお怒りになったのよね。あたしのせいなの。あたし、もうどうしていいかわからない」
「そうか、コーラ、大変な悩みを抱えていたんだね。もう僕がいるからね。一緒に考えよう。まずは専門のお医者さんのところへ連れていこうよ」
「このまえ、やっとできたお金で、連れていったわ。医者の見立てでは自閉症じゃないかって。自閉症と言われても、あたし、よくわからないの。もうお金がないから、お医者さんに連れていけないわ。気が狂ってしまうのかしら。死んでしまったり目が見えなくなったりすることはないと言っていたけど。あたし、心配で、心配で。毎日、泣き明かしたわ」
「東京の僕の親友に自閉症の子がいるんだ。もう大きいけどね。だから、自閉症については少し知識があるんだ。コーラ、自閉症は、脳の機能障害で先天的なものなんだ。クリスが自閉症になったのは君のせいではないんだ。だから、絶対に自分を責めてはいけないよ」
「でも、あたしが生んだのだから、あたしのせいよね」
「君のせいじゃないってば! そこのところだけはしっかりと心にとめておいてね。いいね。早速、信頼できる医者と相談して、ことによっては障害者の施設に通わせるなりさせた方がいいのじゃないかな」
「でも、あたしにはそんな余裕ないわ」
「コーラ、ジーナは僕の子になるんだよ。僕がお金を出すのは当たり前だろ」
「隆志・・・」
「君とジーナのためにお金を使うことにした。もう君の勤めるお店には行かないよ。もう贅沢はできない。とりあえず、君とジーナが僕のホテルに来るか、僕が君の家に行くかした方がいいみたいだな。僕が日本に帰るまでの5日間、3人で仲良く暮らそうよ。僕も自閉症について勉強するようにする」
「隆志・・・、ありがとう」
「さあ、食べよう。腹が減っては戦ができないって言葉が日本にあるんだ。何にする?」
「もちろん、チキンバーベキューよ。それとパンシット・カントンが欲しいかな」

タオル地のハンカチをジーナの服の襟元にはさみ、チキン・バーべキューを串から外して小さく切り、フォークに突き刺してジーナの手に持たせてやった。時折、水とパンシットを口に運んであげる。ジーナはいつの間にか手づかみで、手と口の周りをソースでベタベタにさせてバーべキューを食べるの夢中になっている。汚れたの口の周りをナプキンでぬぐってやった。隆志が見守っているのを感じる。たぶん安心感というものなのね。温かで穏やかな気持ちが胸全体に広がっていく。こんなリラックスした気分になるのは久し振り。母と姉と一緒に暮らしていた遠い昔以来よ。なりふり構わず必死になって戦い続けてきたわ。やっぱり、あたしにはこの人が必要みたい。ジーナのために。いや、それ以上に私のために。

「ハハハ。母親やってるね。いい感じ。微笑ましい風景だなあ。これからは、僕もその風景の中に入れてくれないかなあ」
「フフフ、ジーナ、どうする? ジーナが良ければ、あたしは構わないわよ」
隆志はジーナの方を向き、両手を合わせ、片目をつぶる。
「ジーナちゃん、お願い」
「しゃあないな。入れてやろうか、ジーナ。いいわよね」
「今までの君のこと、生意気な女だと思っていた。その生意気なところに惚れたんだけどね。でも、普段は家庭的で優しい女なんだね。今日は君の評価がコペルニクス的に転換した革命的な日となったわけだ」
「あら、そう。なんだか皮肉っぽいのね。でも、コペルニクス的転換した革命的な日って、意味がわからない」
「そうか、すっかり変わってしまった記念すべき日ということだよ」
「じゃあ、始めからそう言って。あたし、頭、悪いのよ。だから、難しい言葉、使わないでね」
「今日は今までで一番良い表情をしているよ。写真を一枚撮りたいな。いけねえ。デジカメ、忘れてきちゃった」
「忘れん坊。東京に行っても、あたし達のこと、忘れないでね」
「それは僕のせりふだよ。東京に帰っても僕のこと、忘れるなよ」
「さっきから痛烈に感じてたんだけど、あたし達にはあなたが絶対必要よ。でも、すぐにお別れなのね。つらいわ」
「君がそんなこと言うなんて、うれしいな。大丈夫。毎日、電話をかけるから。僕も君の声が聞きたいもの。インターネット、繋げば、スカイプというソフトでテレビ電話も安くできるんだ。今度来るとき、その用意もしてくるね」
「楽しみにしているわ」
「君のところにインターネット、あったっけ?」
「隆志、あたし達、今、生活がとても苦しいの知ってるでしょ。姉の医療費は姉の貯金でなんとかやりくりつきそうなんだけど、あたしの家にはジーナ以外に姉の子供3人いるのよ。あたし、その子供達の面倒を見なければならない立場なの。だから、無駄なものにお金、使えないのよ」
「ごめん。余計なこと、言っちゃって。生活費は心配しないでね。十分じゃないかもしれないけど、東京から毎月送らせてもらうよ。できることなら、お店に出ないで欲しいなあ。ジーナと一緒に過ごすべきだと思うし、言いにくいけど、ちょっとヤキモチもある。君の素敵な顔を他の男にあまり晒したくないんだ。もちろん、強制じゃないよ。君次第さ。君は自由なんだから」
「あたしも、お店、辞めたいわ。でも、姉が働けるようになるまで無理みたい。あたし、一家の大黒柱なの。頼りないこの肩に家族の生活がかかっているのよ」
「わかった。僕はもう今までみたいに無駄遣いはしない。君が働かなくても生活できるように、頑張って稼ぐよ」
「隆志・・・、あなたから親切にされるばかりで、あたし、あなたに何もできない。つらいわ」
「コーラ、僕が君に与えるだけじゃあ、ないんだよ。僕は君にたくさんのものがもらえそうな気がするんだ。なんていうか、生きる力というか、生きる目的というか。君とジーナが存在しているだけで僕は勇気が出るんだよ。一緒の夢をみて生きていきたいんだ。いいかな?」
「うれしいわ。涙がでてきちゃったわ。あたし、こんなに弱かったかなあ。馬鹿みたい」
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by tsado4 | 2007-10-18 09:53 | (創作)蘭園の告白