日頃それとなく感じている思いをそこはかとなく書きつくる雑記帳というか、駄文集というか、落書き帳というか・・・


by tsado4

蘭園の告白(その2)

  ・・・・・・・2・・・・・・・
ロハス・ブルバードをはさんでアメリカ大使館に対面した辺りにスターバックス・カフェがある。
旅行者風情の欧米人。韓国語を話す若いグループ。こざっぱりした服装だが少し危険な匂いを漂わせるフィリピン人の男女。店内は八分通り埋まっている。昼下がりにしてはなかなかの盛況。
午後3時。隆志は約束の時間にお店に入った。
驚いたことにコーラはすでに座っていた。備え付けの新聞に所在なげに眼を通している。嘘だろう、フィリピーナが待ち合わせに約束通り来ているなんて。
好意的に言えば時間の制約から解き放たれている自由で鷹揚な気質、悪く言えば時間にルーズでノウテンキな気質がそうさせるのか、それとも、フィリピン女性特有の見栄や駆け引きがそうさせるのか今だわからない。が、1時間くらい待たされるのが普通だった。時間を守るという約束事がほとんど重視されていない。だから、時間通りに来ているコーラを見たとき、隆志の中で予感が走った。胸がときめいた。今日は違う。何かが起こる・・・
ゆっくりとした時間の流れを基調とする異空間の文化を劣っていると軽率に判断するほど、隆志は無知な愛国者でも厚顔な文明人でもない。
「待った?」
「いえ、少しだけ」
「君って変わっているね。フィリピーナを待たせたのは始めてだよ。今日は記念すべき日だ」
「あら、あたし、時間をあんまり気にしなかっただけなの。よくあることよ。不満なの? じゃあ、今度はたっぷり待たせてあげるわ」
「いや、そいつは結構。願い下げだな。お腹すいてる? 外で何か食べるかい」
「いいえ、食べたばかりなの。すいてないわ」
「じゃあ、お願いがあるんだけど・・・」
「えっ、なあに」
「ちょっと暑いけど、外を散歩しないかい。リサール・パークって、まだ行ったことがないんだ。ガイド代、払ってもいいんだぜ」
「あら、私を観光ガイドとして使おうなんて勇気あるじゃない。すご~く高いわよ。でも、あなた、優しいから、今日はただにしてあげる。スペシャル・サービスよ」
「あんがと。涙が出てくるよ」

人と駐車中の車で混雑するロハス・ブルバードの側道を北に歩き、カラウ・アーべニューを横切るとそこはもうリサール・パーク。リサール記念像の前では、群れをなして韓国か台湾の観光客が写真を撮っている。これは好機とばかり、隆志もポケットからデジカメを取り出す。
「一枚、撮っていいだろう。君の美しい顔を東京でも眺めていたいんだ」
「あら、写真がないと私のこと思い出せないのね」
「俺って、想像力に乏しいんだ。寝る前には、写真を眺めては君のことに思いを馳せるんだ。いいだろ」
「本当ね」
「にっこり笑わなくてもいいよ。君の自然の表情を撮りたいんだ」
「何よ。じゃあ、思いっきりきつい顔をしてあげるわ」
カメラを見据えてくるまじめくさった顔も微笑ましい。

漆黒の潤んだ大きな目、やや大きめの形の良い鼻、きりっとしながらも今にも笑みのこぼれ落ちそうな口元。
夜の薄暗い照明の下でのどこか悲しげで官能をくすぐる表情には魅了されていた。が、時折、その表情の奥に、頼りなさ、脆さ、あきらめといったものが渾然と入り混じった翳りを垣間見る。何時まで眺めていても見あきなかった。
この女のことをもっと知りたい。白日の下で素顔を見てみたいという欲求にかられていた。神秘ののベールを剥がしてやるんだと意気込んで、半ば強引にこうして外に連れ出してきたのだ。
美形には変わりなかった。が、思った以上に色黒で健康的に見える。
あら隠しのできない太陽光の下でも美しいということは、どこにいても美しいんだ。血管に血流がどっと流れるのを感じた。

夜とは印象が違う。性格の明るさ、人柄の良さといった予想外の資質も伝わってくる。
いろんな顔を持った不思議の女。昼の光は神秘の女の妖艶さを弱めはしたが、現実の女の逞しさをクローズアップした。
隆志は惚れ直した。俺が求め続けたのはこの女だ。俺が今まで独身でいたのもこの女のためだ。
確信した。もうためらうものは何もない。どんなことをしても、この女を手に入れる。

リサール記念像の左の道を通り、公園の中ほどにある芝生の広場を進む。
暑い。ギラギラと照りつける陽光の中を歩いている人はほとんどいない。
たちまち、汗が噴き出てくる。
「ごめん。こんなところ、歩かせちゃって。はい、ハンカチ」
「ありがとう。気がきくのね」
首と額を拭って、返したきた濡れたハンカチを鼻先にもっていき、クンクンとわざとらしく嗅ぎ目を細める。
「うわっ。たまんねえ。いい匂い。卒倒しそう。ビニール袋に入れて日本に持って帰ろうかな」
「ばあか。エロいのね」
「そうさ、思いっきりエロいんだぜ。がっかりした?」
「フン、男なんて皆エロいわよ」
澄み切った青空。吹き渡る風にたなびく色とりどりの旗。ピンクや白の美しい花の咲き乱れる水辺。
二人して冗談を言い、顔を見合わせ見合わせ歩くと、ぎこちなさもすっかり消え、打ち解けた心になっている。
太陽が半端でなく照り付けている日中は当然のことながらベンチに腰掛けている人はいない。
「こんな素敵な陽光が降り注いでいるのに、誰も浴びようとしないなんて、日本では考えられないな」
「好き好んで色黒になろうなんてするフィリピン人はいないわよ」
「東京では、日焼けサロンというところで、お金払ってガングロになるんだぜ」
「ガングロって、なあに?」
「顔の色の黒いこと」
「じゃあ、あたしって、ガングロなの?」
「うーん、だよな。でも、日本のガングロよりはずっと上等で品がある」

コーラにさりげなく手を出すと、躊躇することもなく、握ってくる。血管の中で血液が沸騰した。
女の子と最後にこんな風に散歩したのは何時だったか、思い出せなかった。

公園中央のマリア・オロッサ・ストリートを渡ると、右手にラプラプ像が遠望され、左手の煉瓦造りの門の上方に「THE OCHIDARIUM」と書かれている。
「ここ蘭園だよね。蘭の花って十万種以上あるんだってね。色鮮やかで造形がユニーク。華麗でかつ繊細。素晴らしい香り。友達に蘭中毒がいてね。自分でランチュウと言っているんだけど、はまったらやめられないそうだ。入ってみない?」
「そうね。あたし、よく知らないけど・・・ いいわよ」
入場券を買い、入口から続く花のアーケードの下を進む。
庭園の小さな滝の前に来る。
「オーキッドの花言葉って、知っている?」
「いいえ、知らないわ」
「君みたいだね」
「えっ、何なの?」
「蘭の花言葉は美女だそうだよ」
「あら、嫌だわ」
「感じていてくれたと思うけど、僕は君が好きだ。好きだ。好きだ。死ぬほど好きだ。この突き抜ける青い空くらい君が好きだ」
平凡な言葉でも、繰り返しは女の子を喜ばせる。
「うれしいわ」
「君は蘭の化身なのかな。美しくて良い匂いがする。僕は完全に蘭中毒、いや、君に中毒になってしまったようだ。はまったらやめられないんだよな。もう君なしでは生きられない。できるなら、このままずっと僕のそばいてくれたらなあと思っているんだけど・・・・。僕じゃ、嫌かなあ」
「そんなこと、な・・」
顔を赤くしているコーラを、背骨が折れそうなくらい抱きしめてルージュの剥げかかった乾いた唇に軽くキスをする。
「俺、カレッサのように、目の周りに覆いを作り、他の女には見向きもせずに、君を乗せて突っ走るよ」
「あら、本当?」
「目隠しなんか必要ないか。他の女性なんか君に比べたら、しおれた花さ。道端の名もない雑草さ」
「あら、まあ」
「ねえ、二人で僕達の物語を作っていかないか。最高の特別の愛の物語をね」
「うふっ、反対なんてできないわ」


  ・・・・・・・3・・・・・・・
滝の前を離れ、ほてった心のまま再びゆっくり歩き出す。
丈の短いファッショナブルなデザインの薄紫のTシャツにジーンズ生地のホットパンツ。肌があらわに出ているコーラの腰に手を回す。はちきれるような弾力と適度に湿ったぬくもり。官能を刺激する。
スキンシップは心の距離を近づける。シダの垂れ下がったなだらかな小道を上りながら、隆志の心の中はまたしても予感がうごめく。俺はこういう状況で失敗することが多い。落ち着け。落ち着け。

坂道を上り切ったところにバタフライ・パビリオンがある。入口にはドアがなく、鉄の細い鎖が十数本、暖簾のように地上20センチあたりまで垂れ下がっているだけ。外気と室内の空気を遮断するものはなのもない。蝶を外に逃さないためには鎖の暖簾だけで十分らしい。
中は温室のようにむっとしている。足元には水が流れ、咲きそろった小さな花の周りを小型の蝶が群れ飛んでいる。
「ね、ねえ、隆志、蝶々のこと、フィリピノ語でなんて言うか、知っている?」
「いや、知らないな」
「パルパロって言うのよ。それからね。女好きのプレイ・ボーイもパルパロって言うの。花から花へ美味しい蜜を求めて遊びまわるからよね。私の元彼、皆パルパロだったの。ハンサムで若い男ばかりだったから仕方なかったのかもしれない。けど、それにしても、私って、つくづく男運がないのよ。好きになった男は例外なくパロパロ。捨てられる軽い女を演じてばかり・・・。好きになったら尽くすタイプなのよ。可愛そうだと思わない? 私って独占欲が強くプライドが高いの。最初に惚れ抜いてつきあった男、刺しちゃったのよ。他の女といちゃついている彼を許せなかった。気がついたら刺していたわ。血を見て始めて正気に返ったの」
「怖いなあ」
「私はフィリピーナ。プライドは高くてよ。フフフ、覚悟しておいてね。私、パルパロ、もう絶対に許さないから。裏切ったら殺すわよ」
眼が本気だった。背筋を戦慄が走った。同時に快感も。人間の感情は複雑だ。一筋縄でいかない。理屈で説明できない部分がある。
「君のためなら死んでもいい。いや、君になら殺されてもいいぜ。カマキリのメスは交尾の後にオスを生きたまま喰うらしいね。君に喰われて本望さ」
正直な気持ちだった。惚れ切った女になら殺されてもいい。刺されると考えるとゾクッと身震いがした。気づかなかったけれど、俺って究極のマゾヒストなのかもしれない。隆志はぼんやりと考えていた。

「日本では、君のように夜のお店で働く女性のことを夜の蝶と言うんだぜ。君こそ男達の間を華麗に飛び回るパルパロじゃないのか」
外部と内部を分け隔てるノレン状の鎖に思いをはせ、ある考えに行き着いた。
コーラを自分の手元から絶対に逃したくない。それにはがっちりと隙間なく遮断するドアよりも鎖を垂らしておく方がよさそうだな。俺は女性を完全に支配しようとして失敗してきたような気がする。
前に立つコーラの後れ毛から醸し出るほのかな香水の匂いと熟し始めた女の匂い。
くらっとした。たまらない。もう完全にお前中毒だ。

コーラはむきになってしゃべり始める。
「そうよ。私はパルパロ。夜だけじゃなく、昼間も自由に飛び回るの。自由よ。私、誰の物にもならないわ。私を束縛しようと思ったら大間違いよ」
振り向くと、手をヒラヒラさせて、辺りを走り回っている。子供だ。20歳を過ぎた女のやることか。
蝶の写真を撮ろうとしていた隆志はあっけに取られてしまった。
洗練した成熟と幼児性の混在。その危うい意外な組み合わせも限りなく愛おしくなっていた。
さっきまでつまらなそうにしていた。でも、今はいたずらっぽい笑みを浮かべて夢中に飛び回っている。こんな顔もするんだ。また少し彼女のことを知った。お店の顔からは想像できない。さらに心の距離が近づいている。ホステスと客ではなく、対等な女と男として向かい合っているような気がした。

パビリオンの中は丈の高い草むらになっていて小途が迷路のように入り組んでいる。
いつのまにかコーラは茂みの向こうに消えていた。しばらくして草むらの奥の方のでしのび笑いが聞こえる。
今度は隠れんぼか。よ~し、遊んでやろう。なんだか遠い子供の頃に返ったようで素直な懐かしい気持ちになっている。
あわてふためいてやる。
「コーラ、コーラ、どこだよう。君がいないと寂しいよう」
見通しのいいところでじっと待つことにする。やがて動いてくるさ。
いた。いた。単純だ。すぐに動いてくる。後ずさりしてくる身体を後ろからいきなり抱きすくめる。
左手で下腹部を押さえ、右手で口を押さえる。
「声を出すな。静かにしていれば、命は助けてやる」
「うっ、く、苦しいわ。やめてえ。ゴメン・・許してえ」
「俺の言うとおりすれば、許してやるさ」
右手で顎を後ろにむけ、強引に唇を奪う。
「ムムム・・、バカア、苦しいってば」
言葉とは裏腹に背中に回った手に力が込められ、舌を吸い寄せてくる。思わぬ逆襲。
情熱的だ。可愛い。こいつのキスはなんて気持ちがいいんだ。隆志は恍惚となる。

そのまま後ろから腰を抱いていると、タイタニックの映画の姿勢で、体重をあずけ手をバタバタ扇ぐ。
なんだい、この女。蝶の真似か。弾力のあるお尻が敏感な部分にあたる。こすられる。
下の方で突き抜ける熱い衝動。ムラっとする。まずい、まずい。真昼のうずき。
こちらのほてりなど関係なく続ける。
「飛ぶわ、飛ぶわ。私は未来へ向かって自由に飛びつづけるわ。あなたは疲れ切った私の休息の場よ。それでも良い?」
意味がわからない。自分勝手で自由奔放な女だ。この女と付き合うと振り回されるのは目に見えている。まあ、いっか。よしや、コーラの休息の場でも、コーラのおもちゃにでもなってやろう。
「いいよ。僕は君の根拠地だ」
果てないながらも、うっとりとする余韻。


隆志の脳裏に鮮明なフラッシュ・バック。
にきびの吹き出た高校生の初夏。鬱屈した青春の真っ盛。予備校の夏期講習へ向かう中央線の極限まで人を詰め込んだ通勤電車。
身動きできない状況で前のOLの薄着の尻の割れ目に具合よく敏感な部分が当たる。無意識に望んでいたのかもしれない。が、俺のせいだけでもない。気づいたときは願ってもない位置関係。鼻先の女の頭髪から立ち上る臭気の入り混じった濃縮した女の匂い。嗅覚が刺激される。荒い息遣いを必死でこらえる。電車の揺れに応じてだんだん怒張していく。健康な若者なら自然の反応。まだ女性の経験はなかった。快感と罪悪感の奇妙なバランス。
女は電車を降りるとき、無感情に小さな声で履き捨てるようにつぶやいていった。インテリ風の小顔のいい女だった。
「いやらしい・・・」
聞こえたのは多分俺だけだった。が、恥ずかしさで顔面がスパーク。
自分の中に潜む抑えがたい好色の素質には気づいてはいた。が、認めるのがこわかった。
いやらしい、いやらしい、いやらしい、三半規管の奥でこだまする。
傷ついた。そうさ、俺はいやらしい男。破廉恥な好色男さ。開き直った。認めてしまえば、気が楽になった。

女の気持ちは察しがつかなかった。あれは痴漢だったのか。限りなく灰色。あれが痴漢として断罪されるなら法は多分真実を裁いていないと、隆志は今でも思っている。
背徳の甘美な快感。さなぎを脱ぎ捨て羽化する瞬間だったのかもしれない。
勉学に勤しむ生真面目な高校生という自己規制から開き放され、情欲に正直な女好きの遊び人へ。
あの女の言葉は的確な予言だったようだ。20年以上たって、眉をひそめられ、軽蔑の目を向けられても、買春をも平然と行う堂々としたいやらしいパルパロに成長していた。

「痴漢は卑劣な犯罪」というヒステリックな言葉を耳にする度に、隆志はトラウマとなっているのか、腹立たしさの方が先に立つ。物事の多面性を吟味もせずに、一面的に判断する姿勢。自分達のみが健全な思想。自分達以外の考え方、行動様式を一切認めようとはしない傲慢なモラリスト達、それに追随するマスコミ。ファシズムじゃないか。
と自由人の遊び人を自負する隆志はついつい考えてしまう。
法律は守らなければならないが、すべてではない。好色者と変質者は違う。
自分は社会の常識、通念からはかなり外れているようだが、やっていいことと悪いことにはきっちり一線を引いているつもりだ。
確かに紛れもない遊び人だ。が、痴漢とか児童買春等の変質的で反社会的なものだけは絶対に手を出さない。
放蕩男としてのけじめさ。


パビリオンを出て心を落ち着かせ、二人で蘭の花を見て廻っていると、陽も陰ってきた。
「お腹、すいてきたなあ」
「そうね。あたしも」
蘭園中央にある海鮮レストラン「BARBARA」に入る。
おしゃれなインテリアの室内。上品な味のシーフードを食べながら赤ワインを傾ける。コーラの目の周りがほんのりと染まっている。テーブルの下で彼女の手にそっと手をおく。
「僕の計画を少し話してもいいかい?」
「ええ、な~に?」
コーラの手をきつく握り、
「近い将来、僕達の間に君にそっくりなオーキッドベービーを作りたいんだ」
「まあ、そんな、あたし・・」
「女の子が生まれたら、その子に蘭(ラン)って名前をつけるのが僕の夢になったんだ」
彼女も握りかえしてくる。
「不思議だわ。私も同じような気持ちだったの。その夢、協力しちゃおうかなあ」
「ワーオ」
「あなたって、タフで、激しくて、情熱的で、とても頼りがいがある。好きだわ」
彼女、顔を赤くしている。ワインのせいばかりではない。昨夜の情熱的な出来事を思い出したらしい。
「あなたの顔って、野性的で、個性的で、とても素敵。私、とても好きよ。でも、ハンサムじゃないわ。女の子、あなたに似ているかもしれないわね。どうする?」
「そうか。そういうケースもあるか。想定外だな。うーん。そのときもやっぱしランでいくよ。日本語の漢字は少し違うんだけど、乱という字でね。
ちょっと乱れちゃったものな。大きくなったら、きっと男共を狂わせるぞ」
「よくわからないわ。ねえ、で、男の子が生まれたら、どうするの?」
「そうか。そういうケースもあるか。想定外だな。そうだなあ。蘭丸にしようか。美少年になるぞ。でも、なんだかホモになりそうだなあ。まあ、いいっか、僕は進んでいるんだ。そんなことに差別意識は持ってないんだぜ」
隆志は、ワインの酔いだけではない酔いで、頭はボッとしているのに、口が勝手に滑らかに回ってしまう。
この女に中毒になると、饒舌になるという症状があるようだ。




  ・・・・・・・4・・・・・・
午後8時を回った。
レストランの外はもうとっぷり日が暮れている。
蘭園を出ると、左手にライトアップされたラプラプの像が木々の間に屹立している。来た道をゆっくりと引き返す。人通りはまだ昼間とさほど変わりがない。
が、気のせいか、コーラが身を硬くしているのが、絡めた汗ばんだ指の間からから伝わってくる。
ジープニーが行き交うマリア・オロッサを渡ると、明るく灯を点した売店が道路に沿って並んでいる。広がった薄暗がりの芝生の上で恋人達が囁きあいハグしキスしている気配が感じられる。
突然、コーラが歩みを止めた。外灯の薄明かりの下で、隆志の両手を堅く握って、向き合ってじっと眼を見つめてくる。訴えかけるような表情。意を決したように口が開かれる。
「さっきのお話、とてもうれしかったわ。でも・・・、私、言っておかなければならないことがあるの」
「なんだい。怖いな」
向けていた視線を下に落とす。魅力的な長いまつげがかすかに震えている。
「実は、私、3歳の女の子がいるの。ジーナって言うのよ」
「・・・・・・」
きた。覚悟はしていた。
魅力的なフィリピン女性なら二十歳前後で子供が一人くらいいるのは珍しくもなんともない。
コーラの漂う色香。男を扱いなれた所作。十分に男を知っているのはわかっていた。ひときわ目立つ憂いを含んだ大きな眼。彫りの深い整った顔立ち。出るところは嫌味なく出た引き締まったスレンダーな姿態。男共が黙って指を加えて見逃すはずがない。ハイティーンでのハンサムな男との恋。そしてお定まりの結末。想定内だ。
「隠すつもりはなかったけれど、出会って早い時期に言うことでもないわよね。でも、もう言わないわけにはいかないわ。こんな私、受け入れられて?」
「う~ん、そうか。ちょっと心を整理したい。少しだけ時間をくれないか」
近くのベンチに腰をおろす。心は決まっていた。が、考える振りだけはしなくては。
「父親って、どんな男? 一緒に暮らしているの? 今も一緒にいるなら、それはちょっと無理だな。君のためにもこれ以上深入りしたくない」
「私、男なんて選り取り見取りだったわ。ジーナの父親は最初に死ぬほど好きになった男よ。そう、私が刺して一緒に死のうと思った男。ハンサムで背が高くて目が綺麗で優しくて女の子ならほっておけないタイプの男よ。私達、人も羨む、最高のカップルだったわ。ジーナを18歳で生んだの。でも、もうとっくに別れているの。どこにいるかもわからないわ。未練が全然ないと言えば嘘になるけれど、もう一緒になることは絶対にないわ。それくらい傷つけられたし憎んでいるの。向こうも私以上に私を恨んでいるわ」
「そうか。今の俺にはうれしいな」
「心の空白を埋めようと、その後、何人もの男、いや二桁の男かな、とつきあったけれど、だめだった。荒れた生活を送っていたの。亡くなった母に迷惑をかけたわ。今はジーナが生きがい。私の宝物。ジーナを受け入れてくれない男とはつきあえない。こういう私を愛してくれて?」
お金だけが目的なら、こんなことは言わないだろう。本気でつきあうつもりだから言い出したのだろう。相変わらず自分に都合よく解釈した。己の甘さを封印し、腰にまわした両手を強くひきつけて耳元に囁くように即答していた。
「君の子供は君の分身。君と同じように愛するのは当たり前だろ。ジーナっていう子に早く会いたいよ」
「よかった・・・・。ほっとしたわ」
薄暗くてよくわからないが、瞳が濡れているようにも感じられた。身体が小刻みに震えている。
ただうれしさだけではない何か他の感情に突き動かされているようにも思えた。

「いろいろ、あったの。半年前、ジーナをみてくれていた母が癌で死んだわ。続いて、私を精神的に支えていてくれた一番上の姉が心臓病で倒れてしまったの。私、パニックになったわ。精神状態、ずっとおかしかったみたい」
「苦労したんだね」
「私の夢は、つつましいのよ。食べる物と住むところがあり、愛する人達と仲良く暮らすことなの」
「僕の夢も、凡なる幸せ。大きな成功なんか求めていない。平和で温かな日常生活。君と同じじゃないかな。気が合うじゃないか」

コーラ。
私好みの容姿。気が強くて明るい性格、穏やかで落ち着いた物腰。
存在そのものが癒し。
僕が望んでいるものをすべて具備している。

君こそ待ち続けた人生のパートナー。具象化された希望。
傾き掛けた人生でやっと見つけたダイアモンドの原石。
慈悲深い神様がお与えてくださった奇跡。
いい加減な生き方と決別する最後のチャンス。

この女のためなら、どんな代償を払ってもいい。
彼女となら、うまくやっていける。
根拠はないが確信はある。
怖れることなく前へ突き進むだけ。
自分のの未来は自分で切り開く。
破滅が待ち構えていても後悔はしない。

見上げれば満天の星。前方に浮かびあがる電飾されたマニラホテル。
その右上方に満月が怪しく輝いている。
潤いのある日々はすぐそこにある。人生のターニング・ポイント。我が最良の日。

隆志は感動した。頬を伝わる涙は拭うのも惜しかった。
放蕩男はロマンチスト。涙がよく似合う。
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by tsado4 | 2007-10-18 09:54 | (創作)蘭園の告白